原発

2012年10月12日 (金)

被災地のがれき処理問題に関する記事

「沼津朝日」の記事。

2012年(平成24年)8月31日(金曜日)付

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これは別のところでの講演ですが…

Video streaming by Ustream

明治学院大学のサイトより

熊本 一規 Kumamoto Kazuki

【専門分野】環境経済環境政策環境法

【担当科目】環境生態学環境経済論

【自己紹介・ひとこと】学生時代に水俣病等の公害問題や開発問題が噴出し、環境問題の研究を志しました。 ごみ・リサイクル問題や埋立・ダム問題で、漁民・住民の立場に立った政策提言を続けています。

研究テーマ1.ごみ・リサイクル問題ごみ・リサイクル・循環型社会に関する法律や政策を検討し、問題点を指摘するとともに対案を提示する。2.埋立・ダム問題埋立・ダム事業において、住民・漁民の持つ権利が尊重され、適正な手続きがとられているか否かを検討する。

研究業績
・過剰社会を超えて(八月書館1985.)
・これからの日本農業(岩崎書店 1986.)
・埋立問題の焦点(緑風出版1986.)
・持続的開発と生命系(学陽書房 1995.)
・ごみ問題への視点(三一書房1995.)
・ごみ行政はどこが間違っているのか?(合同出版1999.)
・これでわかるごみ問題Q&A (合同出版2000.)
・公共事業はどこが間違っているのか?(まな出版企画発行;れんが書房新社発売2000.)
・日本の循環型社会づくりはどこが間違っているのか?(合同出版2009.)
脱原発の経済学(緑風出版2011/11/9)
がれき処理・除染はこれでよいのか(緑風出版2012/6/23)

新聞記事はここからdownwardleft付けは私です)

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瓦れき処理・除染に問題多々

 熊本一規・明学大教授が解説

 講演会「がれき処理・除染はこれでよいのか」(同実行委主催)が26日、市立図書館視聴覚ホールで開かれ、同名の著書を出版した明治学院大国際学部の熊本一規教授が、東日本大震災によって発生した瓦れきにかかわり国が進める広域処理と放射能除染の問題点について解説した。裾野市が震災瓦れきを受け入れ、その焼却灰を柿田川水源涵養地の同市須山にある最終処分場に埋め立てることに不安を抱いた市民らが主催したもの。

   利権まみれの広域処理
    本来の道筋とかけ離れたものに

 「廃棄物を考える市民の会」の会員でもある熊本教授は、同会の代表を長く務めた故井手敏彦・元沼津市長に言及。「私達にゴミ問題への視点を教示してくださった」と井手さんへの感謝の言葉で講演を始めた。
 「自分だけよければいいのか」「瓦れき処理に協力しないのは非国民だ」などの声があるなか、熊本教授は、国が言うように本当に瓦れき処理の遅れが復興を妨げているのか、と問い掛けた。
 岩手、宮城の両県で発生した瓦れき量は推定2,446万トン。このうち2,045万トンは地元が三年間で処理することになっていて、残る401万トンを広域処理希望量としている。
 国は、両県における災害廃棄物の発生量を「岩手県で通常の約11年分、宮城県で約19年分」だとし、広域処理の必要性を宣伝しているが、震災瓦れきには平常時なら産業廃棄物とされるものも含まれているため、これを考慮すると、岩手県で約1.2年分、宮城県で約2.1年分でしかない、と説明。
 国の発表に対して熊本教授は「正確でないし、フェアでない」と批判。また、瓦れき処理が進まないため復興が遅れているとの説に対しては、「瓦れき仮置き場は市街地の外、瓦れき仮置き場周辺に住む人にとっては迷惑物だが、復興の妨げにはなっていない」と指摘。
 また国は、地元の瓦れき処理能力が不足していることを広域処理の理由に挙げているが、陸前高田市長は「市内に処理専門のプラントを造れば、自分達の判断で今の何倍ものスピードで処理ができる」と考え、県に相談したところ門前払いされた、と発言している。
 震災瓦れきを処理するには分別が必要で、そのための雇用が生まれ、長い期間の就業が保証されるのに、被災地から遠く離れた北九州まで搬送して処理するなど、莫大な輸送費をかける愚かさを指摘
 国は広域処理される瓦れきは「通常の廃棄物」で「安全な廃棄物」だとしているが、これまで放射性廃棄物は廃棄物の対象外とされてきた。原発から排出される放射性廃棄物は原子炉等規正法に基づき、青森県六ケ所村の低レベル放射性廃棄物埋設センターで管理されている。
 廃棄物が、廃棄物処理法の「廃棄物」か、原子炉等規正法の「低レベル放射性廃棄物」かを区別する基準は、セシウムでは1キログラム当たり100ベクレル。しかし国は、震災瓦れきを単なる「廃棄物」にするとともに、基準を1キログラム当たり8,000ベクレルに緩和した。
 つまり、原発からの排出物は依然として100ベクレルなのに、震災瓦れきについては区別の基準を80倍に緩め、しかも国は震災瓦れきを「放射性廃棄物」とは呼ばず、「放射性物質に汚染された恐れのある廃棄物」としている。
 なぜ、このように特例法を作ってまで震災瓦れきに対処するのか。熊本教授は、本来は六ケ所村の施設に埋設しなければならないが、埋設量が莫大なため基準を80倍に緩め一般廃棄物として焼却可能にした、と解説した。
 続いて「瓦れき焼却は放射能汚染をもたらすか」。国は瓦れき焼却で懸念されるセシウムについて「99.9%除去できる」というが、熊本教授は「測定しているのは固体状のセシウムとセシウム化合物であって、気体状、液体状のそれらは全く測定されていない」とし、セシウムとセシウム化合物の大気への拡散を危惧する
 また、焼却施設のバグフィルターで捕捉したセシウムなどを廃棄物として処理すると、処分場が汚染されると解説。放射性廃棄物は人間の環境から隔離・保管すべきなのに、放射性物質を環境に入れ込む愚策を問題視した。
 瓦れき広域処理に名乗りを上げた裾野市は、「焼却灰のセシウムは240ベクレルで、国が定めた基準の8,000ベクレルより小さいから大丈夫」だとしているが、放射性廃棄物本来の基準値100ベクレルよりも大きいことを指摘
 「100ベクレル以上のものは隔離処理しなければならない」とし、放射性物質を一般ゴミと混ぜて焼却するなど数値を低くするためのカラクリを説明。
 また、細野豪志環境大臣が、被災地の瓦れきにガイガーカウンターを当てている映像がニュースで流れたが、熊本教授は「ガイガーカウンターでは、シーベルトは測れるが、ベクレルは測れない。パフォーマンスでしかない」とし、環境省が「可燃物の瓦れきに関しては、推定量を下回り広域処理の必要がない」と発表したにもかかわらず、富士市や裾野市が名乗りを上げていることについて、「理解できない」といぶかった。
 「誰のための広域処理か」。ゴミ処理の原則は集中して体積を小さくする「集中」「濃縮」であるのに、広域処理は、それとは逆の「拡散」だと批判。被災当初は「地元連携型広域処理」の方針だったものが、仙谷由人・民主党政調会長代行の一言で「全国的広域処理」に方向転換された、と指摘。
 しかし、瓦れき処理を国が代行するのは福島県内だけで、他は県が代行。しかも被災地における「地元処理」は大手ゼネコンに丸投げ。熊本教授は「産廃処理経験がない大手ゼネコンは、瓦れき処理の技術も経験も持たず、ピンはねだけ」だと断じた。
 そのうえで、「地元処理の遅れの真因は、全国のゼネコンと産廃業者が瓦れきを欲しがったからだ」とし、災害廃棄物が産業廃棄物をされていれば瓦れき利権は生じなかった、と利権まみれの広域処理を批判した
 一方、仙台市の瓦れき処理は、自区内処理と地域経済の復興を基本方針とした。行政が被災を免れ、瓦れきの仮置き場となる広大な仙台平野があることで、仮説焼却炉を設置でき、産廃処理の既存ルートを活用できたことがスムーズな処理過程を生んだ。
 熊本教授は、被災市町村が仙台方式を採用していれば瓦れき利権は生じず、大手ゼネコンへの丸投げ方式よりも早く、安く、かつ復興に役立つように処理できたという。50万トン受け入れる東京都の処理業者は東京電力が95.5%出資する子会社で、静岡県で真っ先に手を挙げた島田市の市長は、もともと産廃処理業者。
 熊本教授は「地元体」「被災地救済の復興を図るべきだとし、被災瓦れきについては、100ベクレル以上は放射性廃棄物として東電に処理させ、100ベクレル以下の不燃物は地元で防潮堤建設などの骨材に活用し、六ケ所村に埋設できないものは東電福島第一発電所周辺に集中させて隔離すべきだと主張
 いわゆる「除染」については、汚染を移動するだけの「移染」であって効果がないことはチェルノブイリで実証され、世界各国が除染の効果はないと結論付けているにもかかわらず、除染が進められるのは、これも利権のためで、原発を造った大手ゼネコンが請け負っていることを明かした。
 なぜ効果のない除染をやるのか。チェルノブイリでは年間5ミリシーベルト以上の汚染地域は強制避難とされ、1から5ミリまでは住民が避難する、しないを決める「避難の権利」を持っている。
 しかし、福島県では、20ミリを下回ると帰還推進となり、帰還しなければ補償されない。
 熊本教授は「現在の知事は原子力村の人で、渡部恒三衆院議員の甥」であることを指摘。東電に対し不都合な発言をしていた前知事が無実の罪で刑事被告人とさせられた原発推進体制を批判するとともに、東電の補償のカラクリを説明

 ここで問題となるのが、20ミリシーベルトを下回ると「帰還推進」となること。病医院のレントゲンなどの放射線管理区域は年間5.2ミリシーベルトとなっているのに、これより高い20ミリシーベルトを下回ったら、なぜ「帰還」なのか
 震災直後から「年間100ミリシーベルトまで浴びても人体に影響ない」と発言している山下修一福島県立医大副学長は、三年前の自身の論文で「10から100ミリシーベルトの間で発ガンが起こりうるリスクは否定できない」としている。
 また、数十兆円に上ると見込まれている除染費用は、請け負う大手ゼネコンの収益になるだけで、その費用を東電が負担すれば電気代に転嫁され、国が負担するなら税金として、いずれにしても消費者、国民が払わされるだけだと説いた
 熊本教授は「農水産物こそ浄化と復興の鍵」だとし、高濃度に汚染されている植物や動物は大気、土壌、水を除染していることになり、その農水産物を行政が購入、処理し隔離することで浄化が進むと主張。農業者も漁業者も従来通りの仕事ができ、農水産物による浄化とバイオエネルギーで農漁民を救済する案を示した。
 最後に、国が進める復興政策の「瓦れきの広域処理」「除染」「帰還推進」は、瓦れき利権、除染利権のために採られたもので、それは原子力村の利権のために原発建設を進めてきた構図と全く同じだと指摘。
 反面、被災者のために実現しなければならないことは「避難と隔離」「除染よりも避難」「農水産物による浄化とバイオエネルギー」だとし、講演を閉じた。

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国民みんなが政府に騙されているわけだsign03pout

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2012年9月11日 (火)

原発は抑止力か?

昨晩のTVタックルでも原発は抑止力、みたいな話が出ていたような…

河野太郎氏のブログより

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原発と抑止力

2012年09月06日 08:06

共同通信で、次のようなニュースが流れた。

原発維持「周辺国へ抑止的機能」 就任前に防衛相が講演

森本敏防衛相が就任前の今年1月、電力関係の講演会で日本の原発維持を主張し「単にエネルギーの問題だけではない」「周りの国から見て非常に大事な抑止的機能を果たしている」と発言していたことが5日分かった。

原発の維持が周辺国に核兵器開発の潜在的能力を意識させ、それが日本の国防上のメリットにつながるとの考えだ。

森本氏は共同通信の取材に対し「政府の一員となった現在は(非核三原則を堅持する)政権の方針に従う」とする一方、自らの考えについては「できれば現実の政策の中に生かしたい」とも強調した。
(共同)

時々、こういう発言をする政治家が与党にも野党にもいるが、まさか森本大臣まで、こんな意味不明の発言をするとは思わなかった。

原子炉と使用済み核燃料プールは、テロリストに狙われたり、ミサイルで狙われたりと潜在的な弱点である。

大飯再稼働にあたっても、この弱点は解消されていない。

福島第一原発に津波は来ないことになっていたのと同じように、日本の原発にはテロリストは来ない、ことになっている。

大飯の再稼働にあたっても、これにかわりはない。

「原発の維持が周辺国に核兵器開発の潜在能力を意識させ」とあるが、これからの日本で原発を維持することと核開発の潜在能力は、つながらない。

核兵器をつくるためには濃縮ウランか、プルトニウムが必要だ。

原発は、ウランを燃やしてしまうから、濃縮ウランで核兵器をつくるためには必要がない。イランのようにどこかでこっそりウランを濃縮すればよい。

もう一つ、北朝鮮のように、ウランを燃やして使用済み核燃料を再処理してプルトニウムを取り出して核兵器をつくるという方法があるが、日本の場合、すでにプルトニウムを45トンも取り出していて、そのうち10トンは国内にある。

プリンストン大学のフォン・ヒッペル教授によれば、アメリカの核兵器に積んであるプルトニウム総量は38トンということだから、日本が持っているプルトニウムの量はそれと比べてもかなり多い。

8kgのプルトニウムがあれば核爆弾を一つ作れるのだから、すでに日本国内にあるプルトニウムだけで、数百発の核爆弾を作ることができる。もし、本当にその気になればだが。

だから、日本が今後、原発を維持するかどうかは、核兵器開発の潜在能力とは既に関係がない。

もしプルトニウム爆弾を作って核実験をやれば、NPT違反になるのだから、外国からの原発のウラン燃料の供給は止まる。だから、もし万が一、日本が核開発をやろうというならば、原子力への依存度をあらかじめ下げておく必要がある。

森本防衛大臣は、自民党が民主党政権に送り込んだトロイの木馬だという噂があるが...。

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2012年9月 2日 (日)

浜岡は絶対再稼働しないでほしい!!!(2)

部屋の片づけをしたら、こんな新聞記事のコピーが出てきた。後でゆっくり読もうと思ってそのままになっていたもの。

付けは私です。

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これは事故からいくらもたたない時の浜松での氏の講演ですが…

沼津朝日新聞 2012年(平成24年)2月5日日曜日

福島原発から浜岡を考える

沼津高専 渡辺敦雄特任教授が講演

 市消費者協会(金崎まゆ美会長)は、同協会顧問の渡辺敦雄・沼津高専物質工学科特任教授を講師とした学習会「浜岡原子力発電所について」を一月二十八日、市立図書館講座室で開いた。昨年から続く同協会の原子力発電所に関する四回目の学習会。

官僚が作る作文押し付け
  
政府関係の調査委員会

 渡辺教授は東大工学部卒業後、東芝に入社。原子力事業部で東京電力福島第一原子力発電所の三、五号機、東北電力女川原子力発電所の一号機、中部電力浜岡原子力発電所一~三号機の基本設計を手掛けた。

 二〇〇五年に高専物質工学科に着任し現職。〇九年から市消費者協会顧問。昨年十二月に発足した国会の東京電力福島原子力発電所事故調査委員会のスタッフ。同委員の田中三彦氏らと共に同月、NPO法人「APAST」(アパスト)を立ち上げ事務局長となり、原子力発電所などの技術的課題の調査研究、現代科学技術の安全性の再評価などを目指す。

 渡辺特任教授は「(福島第一の事故について)今、政府の事故調査委員会、通称『畑村委員会』というが、昨年十二月二十六日に中間報告書を提出して今年の六月か七月頃に最終報告書を出すということで一年間かけて(事故の検証を)やっている。(私達は)畑村委員会の報告書を今、精査している。その委員会と同時に、ストレステストを原子力発電所はやっているが、そのテストの結果、合格だということを決めるために委員会がある。これも政府(の仕事の範囲)」と話し始めた。

 「皆さん分かりにくいと思うが全部政府。ここが大事なところ。その(政府の)ストレステストの委員会に昨年の十月頃だったか、審査の委員に就任してほしいという要請があったが、私は固辞した。自分の意見を通そうとしても政府には、頭のいい官僚がびっしり控えている。彼らが完璧に資料を作って、『委員会の先生、どうぞこれで判子を押してください』とくる。頭のいい連中が本当に素晴らしい報告書を書く。私から見るとおかしなところはいっぱいあるが、皆さんが見ると完璧な、すっかり誤解されちゃう表現があって、うまく書いてある。その委員に就任してくれという話がしつこくあった。私はずっと固辞して、慇懃無礼だったが、『私はそんな器じゃないので、ちょっと勘弁してくれ』と固辞した」

 「それで昨年の十一月に全く別の委員会が発足するということになった。これは国会。ここがものすごく違う。政府と国会は三権分立の完全に独立した組織。国会というのは皆さんの代表。行政(政府)というのは皆さんと何の関係もない。国会(の委員会)は皆さんが選んだ国会議員が推薦した委員がチェックするということ。これが国会事故調査委員会法という法律を作った。これは初めてのこと。ぜひインターネットで見てほしいが、憲政始まって以来と言われている。この、国会というところがすごく大事で、国会事故調査委員会、この調査委員会が昨年の十二月八日に発足した。従来こういうものは、行政であればスタッフが百人ぐらいいる。今回、国会の調査委員会では十人だが、行政であれば百人ぐらいいる官僚がいない。どこでどう聞いたかは知らないが、国会議員の方が(委員として)僕の名前を出してくれたということで、僕としては非常に光栄に感じたので、即座に引き受けた」

 渡辺特任教授は「今年の初頭、そういったスタッフとして働くことになって、これが非常に忙しい。何しろ今までやってきたことのないようなことを…、いわゆる高級官僚に対抗しなければいけないということ(をやらなければいけない)。きょうはそういう話をする訳にはいかないが、浜岡原子力発電所で、どういうことを心配しているのか、これからどういうことが起きそうなのか、それから、いつも言うように、一番怖いことを心配しないと、それに対する対策も打てない。何度も申し上げているが、静岡県の首長のトップである川勝(平太知事)さんが、どのぐらい恐怖を持っているか。恐怖を持つっていうことが大事だ。地震も何でもそうだが、恐怖を持たないと…。その恐怖を和らげなければいけない訳だから、その恐怖を和らげるためには、一番怖いことを知らなければいけない。その一番怖いことを話したい」として原子力発電所の仕組みに話を移した。

 「何度も言うが、燃料が火力発電所と決定的に違っていて、ウラン235というものを使い、そこに中性子を当てて核分裂を起こす。核分裂が起き、これが安定すればいいが、分裂して生じた核分裂生成物というそのものが原子力の一番問題となる部分であって膨大な熱を出す。本当は放射線で、熱というよりは放射線を出すと思ってほしい。この放射線が非常に害を与えることになる。この放射線が、例えばセシウムであれば、ほとんど三十年間変わらない放射線を出し続ける

 さらに渡辺特任教授は、内部被曝と外部被曝の問題について、沼津高専の学生達が行った実験を紹介した。

人に害を与える放射線
  特に問題、若い世代の内部被曝

 教育用の鉛の箱に入ったコバルト60を放射線の線源として、放射線が出ていることを「カンカンカンカン」という音がするシンチレーション(放射線粒子を検出・計数する装置)で学生に聞かせた。線源の距離が遠くなると音がだんだん遠くなり、初めは「カンカンカンカン」と鳴っていたものが「カーン、カーン、カーン」となり、やがて「カーン…カーン」となる。

 「このように(放射線は)距離に依存する。つまり距離が近いと非常に怖い。エネルギーが強いからだ。放射線というのはそういうものだが、内部被曝とは、どういうものか。外にあるのではなくて体の中に入る、口から。中に入ると距離が極限に近く、『カンカンカンカンカン』の状態。そういうことを実際に知ることができる。本当はそういうこと(実験)を(子ども達に対して)やるべきだ。話だけでは、なかなか分からないと思う」

 放射性物質は、放射線を出し、やがて放射線を出さない害のないものに変わる。例えば放射性セシウムは胃の透視検査で使うバリウムに変わる。

 その放射性セシウムが全国に広がったとされる拡散の様子を示した地図を見ると、福島側から見て日本アルプスの手前(北側)は多量に落ちているのが分かる。同様に濃く落ちたところが間隔を置いて中国地方などにもあるが、山を越えるということは煙突の煙と同じで、煙突の下は煙(煤塵)が薄く、遠くに濃いものが落ちるのと同じ原理だという。

 「これは昨年の十二月の状態だから、一年もたてば大丈夫だろうな、と皆思うかも知れないが三十年変わらない。セシウムは三十年間、放射線が消えない。二分の一になるのに三十年かかるので、ほとんとこの状態が三十年続く

 一方、「この話は一番大事にして(子どもなどに)教えなければいけないと思っている」として、「放射線に対して、いたずらに恐怖を持つ必要はないが、なぜ体に悪いかというのは、本当に理解してほしい。これは大切なことだ。そして、できたら子ども達や孫達に伝えてほしい』と求めた。

 そして、「放射線はエネルギー的には波長が短かすぎて目に見えないが、目に見える光のようなイメージを持ってほしい。その光が当たるとどうなるか、三つの作用がある」として説明。

 「一つは、放射線が直接、細胞を破壊すること。当然のことだが強いエネルギーを当てれば、どんなものでも破壊される。(放射線でなく本当の)光でも強いエネルギーを持っていれば物を破壊する。それを利用して(放射線を)使うのが、がんの治療。がんの放射線治療というのは、まさに、これを利用したもの。がん細胞に放射線を当てて殺す、破壊する。さらに一歩進んで、がん細胞を切るというのもある。ガンマナイフと言うが脳腫瘍などで、放射線の非常に細い…、放射線は目に見えないぐらい細いから、それで、細胞を切る、殺しながら。それで隔離してがん細胞を取る。放射線は、このように有効に使えば素晴らしいもの。だから私は放射線を扱うことについての否定は全くしていない。原子力はある部分では、むしろ推進すべきだと思っている。発電は別として」

 「まず一つ。ここをしっかり覚えてもらいたい。放射線は細胞を殺す。殺してしまうと細胞はもう二度と生き返らないから、これががんになるということはない。もう一つ。今度は直接遺伝子に当たる。これが怖い。遺伝子に当たるとビシッと切る。ほかのところは健全だけれど、遺伝子だけ切ってしまう。なぜ恐いかと言うと、遺伝子が切れると、必ず人間は細胞を修復しようとする。きれいに修復して元のように、きれいな(同じ遺伝子情報が二列に重なった)二重らせんになる。細胞分裂というのは一重のらせんになることだが、皆さんのような年齢(五十歳以上)の方だと、二重らせんが(分裂して)一重らせんに、なかなかならない。一回切られても、健全なのが一個あって、きれいに修復する確率が高い。きれいに修復するということはどういうことかと言うと、がんにならないということ。あるいは遺伝子異常が起きないということ。皆さんのような年齢、私のような年齢だと修復率が高い。二本だから」

 「ところが、赤ちゃんとか、子どもを産む世代、例えば卵子とか精子、これは猛烈に細胞分裂している。私で言えば髪の毛がそうだ。髪の毛の部分は猛烈に細胞分裂している。そういうところは、ある瞬間、というか、かなりの瞬間、一本になっている。二本が一個に開裂して、それぞれがまた二個になる。これを細胞分裂と言う。赤ちゃんはそれを繰り返している。あるいは精子とか卵子の中では繰り返している。一本になった瞬間に切れたらどうなるか。一本になっている状態が赤ちゃんは圧倒的に多い。(赤ちゃんが)あっという間に大きくなるということは、我々より細胞分裂をものすごい勢いでしているということ。その(一本の)状態で切れてしまうと、どうなるか。赤ちゃんの場合は、きれいにならない(修復しない)率が倍になる。ということで、子ども達や若い人達が心配だというのはそういうことだ

浜岡原発に二つの心配
  構造上の問題、地震と立地

 また三つ目として、「もう一つ。体の中には水の分子が八〇%入っている。八割ぐらいが水で出来ているということで、この水分子の中には酸素がある。この酸素に光が当たるとどうなるかというと、活性酸素になる。活性酸素というのは、ある意味でエネルギーを与えられた酸素。だからエネルギーを相手にぶつけて自分も収まろうとする。人間で言うと、すぐ相手に抱きつこうとする。酸素がくっつくことを酸化と言う。鉄が酸化すると錆びる、ああいう状況で、簡単に言うと体も錆びるようになる。だから良くない。変なものがくっついたら良くない。本来ならくっつかない方がいい。酸化反応と言い、体には老化とか、場合によったら、がん化とか、そういう悪い影響を与える。それを防ぐ方法として、一つの方法は、カテキンというのが、この活性酸素を吸収する。ほかのものにくっつく前にカテキンが吸収しちゃう。で、緑茶がいいというのは、そういうこと」だと話した。

 さらに、「ただ、活性酸素は悪いことばかりじゃない。どんなものにもくっつき、ウイルスなんかにもくっつく。そうすると今度はウイルスを破壊してくれる。だから逆に予防になる。だから、活性酸素も、ある程度ないとだめだという説がある。きょうは三つしっかり覚えてほしい。まず直接(細胞を)殺す、それから直接、遺伝子を切る、それからもう一つは間接的に活性酸素を作って活性酸素が遺伝子を切る、この作用。ただ五十代以上の人間は、あまり、そんなに心配しなくてもいい」と話した。

 そして、いよいよ浜岡の話。「浜岡原発は二つの大きな理由で私達は心配している。浜岡は原子炉が五つあるうちの一号機、二号機は中部電力自身が廃炉を決定しているので、これはもう、あまり心配していない。問題は三号機、四号機、五号機。これは私自身が設計したが、原子炉格納容器というのがあって、四号機まではマークⅠ型の原子炉格納容器というものを使っている。五号機はマークⅢ型という、Ⅰ型より相当改良されたものを使っていて、構造上の問題は、やや安心」と説明。

 マークⅠ型については福島第一原発でLOCA(冷却材喪失事故)が起きている。

 「冷却材喪失事故っていうのは水が原子炉からなくなっちゃうということ。そうすると、今起きているように、燃料が溶けてしまったりする。その時、このマークⅠ型というのは、破壊されてしまう可能性がある。マークⅡ、マークⅢというのはここが改善されている。私はマークⅠの設計をしたが、マークⅡの設計はしていない」

 NPO法人APASTの後藤政志理事長は東芝で渡辺特任教授の後輩に当たるが、マークⅡの設計を担当した。

 「彼は私と考えが違い、彼は政府のストレス委員会の委員。新聞でも出たと思うが、彼は委員会が市民の皆さんへの公開を謝絶したことに抗議した。彼と井野(博満)東大名誉教授が、井野さんも私の仲間だが、この二人が抗議して、昨日(一月二十七日)、有楽町に特派員協会というのがあるが、そこで記者会見をした。インターネットで調べると出ると思う。僕と後藤が一緒にやっているというのは意味があって、(マークⅠ、Ⅱの)いろんなところの部分を知っているということだ。今、マークⅠのことをよく知っているのは、僕、今六十四歳で、もう六十五になるが、六十四ぐらいまで。僕のようにたまたま教職に就いているから、こういうことを話せるが、辞めちゃうと、忘れちゃうし、資料もないが、要は(マークⅠは)構造的な問題が一つあるということ」

 続けて「もう一つは地震と立地の関係。まず原子炉格納容器。専門学的に言うと水力学的動荷重で、水とか空気で、いろいろ問題が起きる。私は事故調査委員会の前からこういうことを言っている。十二月二十六日の(政府の事故調査委の)中間報告は、はっきり申して、がっくりきた。東京電力が十二月二日に出しているが、ほとんど同じ。あのね、同じものを出すんだったら、お金を十億も、二十億もやる必要ない、税金を。全部で(スタッフが)百五十人ぐらいいるから、すごいお金を使うよ。事故原因の科学的究明というのは、事実をまず評価してみなきゃいけない。事実はどういうことかと言うと、タービン建屋内の地下の水位というのは、今、依然として減ってない。最近、全然減ってない。一生懸命抜き出して、きれい(な水)にしているけど、依然として減っていない」と断言した。

 「なぜかと言うと、簡単なことで、どんどんどんどん地下から(地下水が)流れ込んでいるから。なぜ流れ込んでいるのか。亀裂が入っているからだ。つまり建屋に亀裂などが入り損傷している。建屋に亀裂が入るのは津波か、と言えば地震に決まっている。福島は直下型じゃない。二〇〇㌔沖の震源地で起きて、しかも設計よりも低い値で揺れた。低い加速度で揺れたと言われている。ちょっとだけ(加速度が)高いところもあるが、ほとんどは低い。ところが建物が割れた。しかし、一切研究していない、(十二月二十六日の中間)報告書では。と言うのは、割れたからと言って、原子力発電所の冷温停止には何の影響もしてない、という考え方。(影響)してないどころじゃあない、(調査には)金が掛かっているんだから、今。影響してないと言うんだったら(今)金がかからないということではないか、逆に言えば。(それなのに)今、金かけて必死でやっている」

 「そもそもが、まず水素爆発でボーンといった。水素爆発の爆発って何かって考えると、ここが大事なところ。まず燃えるものがある。ガスがあるということ。その次に酸素があるということ。ガスと酸素がないと燃えない。この二つがあってもまだ燃えない。マッチがいる、あるいは電気の火花がいる。つまり、着火源と言うが、この三つがいる。消火するには、このうちのどれかをなくせばいい。例えば生け垣を作るということは何かと言うと、着火源を置かないということ。火の粉がいかなければ隣の家に延焼しない。同じように水素爆発っていうのは何で爆発したかと言うと、着火源は何か。水素があって酸素がある。最後の着火源は何か。津波で着火源が起きたのか。冗談じゃない。津波が来たのは一日前。爆発したのは十二日。もっとも十二日、十三日、十五日と爆発しているが、最初に一号機が爆発したのは十二日。で一号機が爆発した時には実は電源は全部喪失していた。全交流電源喪失という最悪の事態になった。これは何を意味しているか。発電所に一切電気は通っていない。じゃあ一体なんで爆発した。たった一つしか可能性はない。火打石。金属がぶつかった時に出る火花。なぜ金属が落ちて火花を出すのか。地震に決まっている。そういうことを(中間報告書は)一切検討してない。私が、このことを行政側に何度言っても答えがない。いろんなルートを通じて言っている。一切なしのつぶて。と言うのは怖いから。『地震のために爆発した』なんて言うとね。僕はわめいているが。多分、(行政は)それを言うと怖い。だって、今の報告書では地震で何かあったという風にはしてないから。全部、津波でやられた(ということにしている)」

 「なぜ僕がこんなこと、いちいち長い時間かけて言っているかと言うと、中部電力が、その通りのシナリオで今、進んでいるから。地震(について)は一切対策してない。全部津波。建物を強化したなんて聞いたことない。揺れて火花が起きないようにしたなんて聞いたことない。ありそうにないことまで含めて、想像力を駆使して種々の仮説を立てて、この、ありそうにないことまで、というのが、とっても大事でね。そういうことを想像するのが私達の知恵。私は何のために今まで安全工学を勉強してきたのかと言うと、そういう時に役立てたいから。だから私は必死になって今やっている。いろんな仮説を立てて、事実を検証して、人に聴いて、できたら現場で自分の目で見たいと、そういうことで検証して結論を導いて、どうだろうか、ということを考えるのが、本当の科学的究明じゃないか」

 「冷却材喪失事故が起きた時に、地震が起きないというのが今の日本の設計基準。これが有名な今の原子力委員長の斑目(春樹)さんが言った『ディーゼル発電機が二台故障することを考えたら設計できないよ』と言ったのと似た現象が起きた。冷却材喪失事故と地震の荷重なんて組み合わせたら、設計なんて出来ないよ、と彼は言うと思う。ところが今回は起きた。設計ができないよ、と彼が言った条件が整った。私が、なぜ、そう言っているかというと、配管破断があったかどうかは別にして、あったとは思うが、それは別にして、その後、余震が百六十回ぐらい来ている。余震と言っても、今日のレベル(一月二十八日にあった沼津で震度4の地震)なんてものではない、大きさが。きょうはマグニチュード5ぐらい。向こうは余震と言ってもマグニチュード7とか非常に大きい。余震でも。そういう意味で我々としては非常に問題があると思っている。これは起きないと思っていたのが…。アメリカの設計は地震荷重なんて考えなくていい。なぜならアメリカは地震なんてないから」

 「中部電力がホームページにも発表しているが、すごいデータがある。こういうことを言っている。配管の振動試験をした。中部電力が。そして、一回目揺らしたらもった(配管が耐えた)。二回目揺らしてももった。三回目の揺れも、なんとかもった。そして四回目も。しかし、五回目の揺れで破損した。こういうデータが出ている。そして中部電力のホームページは、どういう結論かというと、『だから安心してください、四回もったよ』と。五回も(揺れが)来たので、やっと壊れたけども、だから十分な強度をもっていると、こういう結論だ。僕はね、これは語るに落ちたと思った」

浜岡には過去最大級の揺れも
  対策打てない支持岩盤の崩落

 「これは我々のような設計者にとっては、驚愕の事実。僕は前から何度もこういうことを言ってきた。ボクサーと同じ。一発パンチをくらった。何とか持ちこたえた。二発目くらった。なんとかもちこたえた。四発目くらった。ふらふらになっているけども、なんとかもっている。最後の一発は、たぶん赤ちゃんがポンと背中を押しても倒れる。つまり、これ『疲労』というが、だんだん蓄積していく。今回は百六十回。余震が。百六十回来ている。まあ、今回の場合は、それどころじゃなく、その地震で壊れるとか壊れないとかの前にメルトダウンを(地震発生から)五時間ぐらいでしているから、もう大変なことになっちゃった。だから、もうめちゃくちゃだと思うが、地震で壊れたのか、メルトダウンで壊れたのか訳分からないと思うが、中がぐちゃぐちゃで。もう見る影ないと思う。おそらく。だから入れないということ」

 「こういうことが怖い。『それはない』と今まで言っていた(ことが起きた)。日本は地震と津波とテロぐらいは考えなきゃいけない。今回のストレステストもテロを考えていない。それから飛行機の衝突も考えていない。飛行機の衝突は皆さん想像つかないと思うが、結構ある」

 さらに、「岩盤の揺れは技術者が本気で考えれば、対策はいくらでもできる。だから中電も千ガルでやっていると言う。千ガルってのはすごい。福島が今回六百ぐらい。でも、東京電力の柏崎はどうかと言うと二千三百ガル。僕が言いたいのは、つまり(対策は)できるということ。でも、もし建っている岩盤が断層でストンと落ちたら、もし地面が落ちたら全然対策を打てない。これ分かっている、彼ら(中部電力)も。だから、これについては答えられない。(浜岡では)これが起きる可能性がある。このようなことを一切考えないで、浜岡は今、ひたすら津波対策。(津波は)裏からも来るだろうし、砂丘が前にあるので、水が這い上がってくることもある」とした。

 浜岡原発では三号機、五号機が再稼働したとすると年間八十㌧の使用済み燃料が発生するという

 「使用済み核燃料が発生するということは、それだけ放射能が発生するということ。絶対に消えない。プルトニウムは。五%ぐらいプルトニウム239ができるが、十万年ぐらいたっても、やっと十六分の一になるぐらい。二万四千年でやっと二分の一、プルトニウムの怖さが減るのが。もう生きていられない。人類がいるかどうかも分からない」

 続いて、東大の纐纈一起(こうけつ・かずき)教授の話に移った。

 「この方は政府の委員会に入っていた(が昨年七月末に耐震作業部会委員を辞任した)。だけど、官僚が作ったやつを、あまりにも『判子を押せ、判子を押せ』と来るから、纐纈先生のように自分の意見を通したいという人は辛い。彼ら(政府の役人)はね、決して我々を叩くわけじゃない。『先生方、いいご意見ですね。我々こう書きましたけど、じゃあちょっとね、参考意見として後ろの方に、こういう意見もあったと書きますので、はい、判子押してください』とくる。結論は違うよ。『参考意見もあった。しかし、こうしたい』。それが嫌だったのだね、彼は。で彼は辞めた。私だったら絶対辞めちゃう。どうせ辞めるなら初めから入らない方がいい。纐纈先生、何と言ったか。『浜岡で、もし次に、どういう地震が来ますか、と言ったら、日本あるいは世界で過去最大の規模を視野に入れ考えてください』。そして、『日本での原発は、もう止めてほしい』と言っている。日本を代表する地震学者だよ。もっとも石橋克彦というのもいるが。実は石橋克彦も今回の(国会の東京電力福島原子力発電所事故調査委員会の)委員。彼なんかが入ったというのがすごい。彼なんか行政側から徹底的に排斥されていたから。『彼を入れたらやばい』と(行政にとっては)一番怖かった

 そして、「結論を言うと、マグニチュードは9・5.(ところが)今、浜岡は8・6を考えている。(数字が)一違うとエネルギーとしては三十二倍ぐらい違う。桁違いに違う。基盤の隆起は約七㍍。津波の高さ三〇㍍以上。これを浜岡で改革してくださいということ

今ある施設どうすれば
  対策打てない支持岩盤の崩落

 「で、『今、あるやつ(原子炉)をどうしたらいいの』って、よく質問される。もう使用済み燃料だから、堤防なんか造るよりは、全部燃料抜いて、新しい建物建てて、そこに保管した方がいい。五〇㍍ぐらいの高台に。下には、岩盤が割れてもいいように鋼板を敷く。鋼板を敷くとなると、そんなに大きな建物にはできない。岩盤が落ちても鉄板は傾くかも知れないが割れない。高台にいくので海の水は利用できない。だから空冷、空気で冷やす。一旦は水にするので、その水は要るが、それは海につながっているわけじゃないから津波があっても大丈夫。『空冷にすることはできるのか』ということになるが、一号機、二号機は(廃炉が決まって運転を停止してから)三年ぐらいたっていて、三、四、五号機は(菅直人内閣時代の停止から)一年たっていないが、崩壊熱は大分減っている。つまり、取るべき熱は大分少なくなっているので、大分楽だ。海の水を直接使わなければならないのは…、本当に必要なのは一日か、二日だ。これは大量の水が要る。それで今、中部電力も二十年ぐらいかけて乾式燃料貯蔵施設を造ろうとしている。そんな悠長なことをやっていないで一、二年で造ってほしい。そのぐらいはできるはずだ』と緊急課題であることを示唆して講演を終えた。

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渡辺氏に関するインターネットからの記事を探してみた。downwardleft

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朝日新聞デジタル> マイタウン> 福島> 記事

ふくしまの言葉 元東芝の渡辺敦雄さん

2012年06月17日

●福島第一の圧力容器を設計

 原子力発電所の圧力容器の設計に携わってきた。

 山梨県生まれ。東京大学工学部で船舶工学を専攻し、卒論は潜水艦の設計だった。当時の教授に「これからの時代は原子力。圧力容器に君の技術は役立つ」と勧められ、1971年に東芝へ。「原子力は未来の火。エネルギーに貢献できる」と迷いはなかった。

 入社後、東京電力福島第一原発の設計に加わった。「巨大なエネルギーという片面だけを見て、巨大な危険を持つという意識はなかった」。そんな若い渡辺さんが、いまも胸に刻み続ける言葉と出合う。

 運転を始めたばかりの福島第一原発1号機を見学した時のこと。上司の所長から尋ねられた。「原子力を怖いと思うか」。オロオロしながらも「はい」と答えると、「お前のような人間なら設計を任せられる」。

 「原子力を安全だという人間には設計を任せないと所長は言ったんです。まさに危機管理の要諦(よう・てい)を踏まえた言葉でした

 福島第一の3~5号機を造ったのち、浜岡、女川の原発でも設計を担当。渡辺さんは原発を取り巻く「変な雰囲気」を感じ始めた。

 80年代。世の中はバブル経済に沸き立ち、大量生産、大量消費に傾いていく。その世相は原発設計の現場にも忍び寄ってきた。

 「私が入社したころ、原発を安く造るのはタブーだった。なのにメーカーも電力会社ももうけ主義に走っていった」。例えば、鉄板の厚さを10ミリと想定していても、6ミリで耐えられるという計算が出れば、8ミリでいいとなる――。「原子力を『怖いもの』とする考えから、安全性を過信していく空気が生まれていた

 加えて「原子力ムラ」と表現される特権意識、閉鎖体質があり、「ムラ」は時代の変化から取り残されていった。原発業界では80年代後半、住民への情報開示を始めた。「それでも『私たちがやっていることを理解してください』と上から目線だった」。チェルノブイリ事故後に導入されたシビアアクシデント(過酷事故)対策も同様だ。「メルトダウンを前提にベント系を設けたが、被曝(ひ・ばく)を防ぐためのフィルターはつけなかった。最悪の事態を想定していない。仏作って魂入れず、だった

 こうしたムラの弊害が、津波の危険性を看過して未曽有の惨事を引き起こす遠因となったと渡辺さんは考える。上司との衝突も増え、90年に原発から離れ、2005年に退社した。

 東日本大震災を経て、「自分ができることは何か」と考え、今は自然エネルギーの導入を提唱して各地を回る。南相馬市では東京農工大大学院の千賀裕太郎教授らとともに、農家の再興と新エネルギーを結びつける取り組みに加わっている。

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2012年7月 2日 (月)

大飯原発再稼働してしまったけど…「デモについて」という文章

とうとう大飯原発が再稼働してしまったけど…

Twitterで坂本龍一さんが「読んでみて〜」と紹介していた、この文章…

これからみんなでどういう反原発運動をしていったらいいのか…誰か知識人の人考えていただけませんかsign02

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スタジオジブリ小冊子『熱風』2012年2号「デモ」特集号掲載


デモについて

國分功一郎


 私は学者の端くれであって社会運動家ではないし、研究しているのも哲学であって社会運動史ではないので、デモについて深く広がりのある話をすることはできない。ただ、全くの偶然から、デモが盛んな某国について少々知識を得ることがあったので、そこから考えたことをここに記しておきたいと思う。

 デモが盛んな某国とはフランスである。私は2000年から2005年までフランスのパリに留学していた。先に「全くの偶然から」と書いたが、その偶然とは私が住んでいた場所のことである。私はパリの東側にあるナシオン(Nation)という駅のすぐ近くに住んでいた。この駅がデモと何の関係があるかと言うと、この駅の広場がパリで行われるほぼ全てのデモの終着点だったのである。

 日曜日、パリだけではないがヨーロッパの街は静かである。やることがない。開いているのは教会と映画館ぐらいである。私もだいたい部屋にこもって本を読んだり、テレビを見るというのが常だった。そんな静かな日曜の午後、時折、「ゴー」っと言う音が迫ってくることがある。「なんだ?」と思って窓を開くと広場に厖大な数の人が集まっている。デモである。

 パリのデモはだいたいパリの北部を西から東へぐるっと回るように進み、ナシオンにやってくる。だから、ナシオンに住んでいた私は、あの五年間にパリで行われたデモはほぼすべて見ていると思う。

 さて、デモが来たなと思うと、だいたい見に行く(日曜日は暇なので)。先頭がナシオン広場に到着しても、後続部はまだまだずっと遠くだ。というわけで、多くの場合、私はデモの流れとは反対に先頭から後ろに向かって歩き、デモの様子を見て回っていた。

 パリのデモを見て最初驚いたのは、ほとんどの人が、ただ歩いているだけだということである。横断幕を持ってシュプレヒコールを挙げている熱心な人もたくさんいる。しかし、それは一部である。多くはお喋りをしながら歩いているだけ。しかもデモの日には屋台が出るので、ホットドッグやサンドイッチ、焼き鳥みたいなものなどを食べている人も多い。ゴミはそのまま路上にポイ捨て。

 デモが終わると広場で代表者みたいな人が何か演説することもある。それを聞いている人もいれば、聞いていない人もいる。みんななんとなくお喋りをして、ナシオン駅から地下鉄に乗って帰って行く。

 さてデモはこれで終わりだが、実は、私のような見物人にとってはまだまだ面白いことが続く。デモが終わったと思うと、デモ行進が行われた大通りの向こうから、何やら緑色の軍団が「グイーン」という音をたてながらこちらに向かってくるのだ。何だあれは!

 あれはパリの清掃人の方々、そして清掃車である。彼らは緑色のつなぎを着て、プラスチック製の、これまた緑色の繊維を束ねたホウキ(要するに日本の竹ぼうきをプラスチック製にしたもの)で路上のゴミを集めながらこちらに向かってくる。その後ろをゆっくりと進んでくるのが数台の緑色の清掃車。そのフロント部には二つの大きな回転式たわしのようなものがついていて、それが「グイーン」という音をたてながら、清掃人たちが集めたゴミを次々に吸い込んでいく。

 デモの最中、ゴミはポイ捨てなので、デモが行進した後の路上はまさしく革命の後のような趣になる(単にゴミが散らかっているだけだが)。しかし、彼らパリ清掃軍団がやってきて、あっという間に何事もなかったかのように路上はきれいになるのだ。パリ清掃軍団の清掃能力はすごい。彼らは毎夕、街を清掃している。そうして鍛え上げられた清掃能力がデモの後片付けを一瞬にして終えるのである。これはどこか感動的である。





 パリのデモがゴミをまき散らしながらズンズン歩くという事実は、デモの本質を考える上で大変重要であると思う。

 デモとはdemonstrationのことであり、これは何かを表明することを意味する。何を表明するのだろうか。もちろん、デモのテーマになっている何事か(戦争に反対している、原発に反対している…)を表明するのであるが、実はそれだけではない。

 デモにおいては、普段、市民とか国民とか呼ばれている人たちが、単なる群衆として現れる。統制しようとすればもはや暴力に訴えかけるしかないような大量の人間の集合である。そうやって人間が集まるだけで、そこで掲げられているテーマとは別のメッセージが発せられることになる。それは何かと言えば、「今は体制に従っているけど、いつどうなるか分からないからな。お前ら調子に乗るなよ」というメッセージである。

 パリのデモでそれぞれの人間がそんなことを思っているということではない。多くの人はなんとなく集まっているだけである。だが、彼らが集まってそこを行進しているという事実そのものが、そういうメッセージを発せずにはおかないのだ。

 デモは、体制が維持している秩序の外部にほんの少しだけ触れてしまっていると言ってもよいだろう。というか、そうした外部があるということをデモはどうしようもなく見せつける。だからこそ、むしろデモの権利が認められているのである。デモの権利とは、体制の側が何とかしてデモなるものを秩序の中に組み込んでおこうと思って神経質になりながら認めている権利である。「デモの権利を認めてやるよ」と言っている体制の顔は少々引きつっていて、実は、脇に汗をかいている。

 すこし小難しいことを書いているように思われるかもしれない。しかし、これは単なる私の実感として出てきたものだ。パリのあの群衆を見ていると、「こんなものがよくふだん統制されているな」とある種の感慨を覚えるのだ。「こんなもの」がふだんは学校に行ったり、会社に行ったりしている。それは一種の奇跡であって、奇跡が日常的に行われている。

 ここからデモの後のあのゴミについて考えることができる。なぜパリのデモはゴミをまき散らすのか。デモはほんのすこしだが秩序の外に触れている。だから、ゴミをまき散らしながら、日常の風景を書き換えていくのである。あのゴミの一つ一つが、秩序のもろさの証拠である。だからこそ、その証拠はすぐに跡形もなく片付けられるのだ。日常的に奇跡が起こっているという事実は知られてはならないのである。

 最近、日本では脱原発をテーマに掲げたデモが社会的関心を集めるようになってきた。自身も積極的にデモに参加している哲学者の柄谷行人が、久野収の言葉を引きながらデモについてこう言っている——民主主義は代表制(議会)だけでは機能しないのであって、デモのような直接行動がなければ死んでしまう(「反原発デモが日本を変える」。〈柄谷行人公式ウェブサイト〉より)。

 私は柄谷の意見に賛成である。だが、少し違和感もある。なぜならデモは、民主主義のために行われるわけではないからだ。民主主義という制度も含めた秩序の外にデモは触れてしまう。そうした外を見せつけてしまう。だからこそ体制にとって怖いのだ。民衆が路上に出ることで民主主義が実現されるというのは、むしろ体制寄りのイメージではないだろうか。この点は実はデモをどう組織していくかという実践的な問題に関わっているので、次にその点を考えよう。





 日本の脱原発デモについて、何度かこんな話を聞いた。デモに来ている人たちは原発のことを理解していない。彼らは何も分かっていない。お祭り騒ぎがしたいだけだ、と。

 先に紹介したパリでの経験を踏まえて、私はそういうことを言う人たちに真っ向から反対したい。

 デモとは何か。それは、もはや暴力に訴えかけなければ統制できないほどの群衆が街中に出現することである。その出現そのものが「いつまでも従っていると思うなよ」というメッセージである。だから、デモに参加する人が高い意識を持っている必要などない。ホットドッグやサンドイッチを食べながら、お喋りしながら、単に歩けばいい。民主主義をきちんと機能させるとかそんなことも考えなくていい。お祭り騒ぎでいい。友達に誘われたからでいい。そうやってなんとなく集まって人が歩いているのがデモである。

 もちろんなんとなくと言っても、デモに集まる人間に何らの共通点もないわけではない。心から原発推進を信じている人間が脱原発デモに参加したりはしない。彼らは生理的な嫌悪感を持つはずである。逆に言えば、脱原発という主張に、なんとなくであれ「いいな」と思う人間が集まるのが脱原発デモだろう。

 デモのテーマになっている事柄に参加者は深い理解を持たねばならないなどと主張する人はデモの本質を見誤っている。もちろん、デモにはテーマがあるから当然メッセージをもっている(戦争反対、脱原発…)。しかし、デモの本質はむしろ、その存在がメッセージになるという事実、いわば、そのメタ・メッセージ(「いつまでも従っていると思うなよ」)にこそある。このメタ・メッセージを突きつけることこそが重要なのだ。

 フランス人はよく日本のストライキをみて驚く。「なんで日本人はストライキの時も働いているの?」と言われたことがある。何を言っているのかというと、(最近ではこれはあまり見かけないけれど…)ハチマキをしめて皆で集会をしながらシュプレヒコールを挙げている、あの姿のことを言っているのである。ストライキというのは働かないことなのだから、家でビールでも飲みながらダラダラしているのがストライキというのがフランス人の発想である。私はこの発想が好きだ。

 デモも同じである。デモにおいて「働く」必要はない。高い意識を持ってシュプレヒコールを挙げたり、横断幕を用意したりしなくていい。団子でも食いながら喋っていればいい。ただ歩いていればいい。なぜなら、単に群衆が現れることこそが重要だからだ。

 すると、ここでおなじみの問題に突き当たらざるを得ない。なぜ日本ではデモに人が集まらないのかという問題である。もちろん脱原発デモには多くの人が参加した。だが、日常的に大規模デモが行われているフランスと比べるとその違いは著しいように思われる。私はこの問いに最終的な答えを出すことはできない。だが、ヒントになる考えを一つ紹介したいと思う。





 格差社会・非正規雇用増加・世代間格差……現代日本の若者を取り巻く状況は非常に厳しいと言われている。それにもかかわらず、彼らの生活満足度や幸福度を調査すると、この四十年間でほぼ最高の数値が現れる。つまり今の若者たちは自分たちのことを「幸せだ」と感じている——このような驚きの事実を、豊富な文献と実に鋭い分析、そして小気味よい文体をもって論じたのが、昨年話題になった古市憲寿の『絶望の国の幸福な若者たち』(講談社)である。

 古市はこうした若者の状態をコンサマトリーという言葉で形容した。コンサマトリーとは自己充足的という意味である。せっかくだからすこし学術的に説明しよう。コンサマトリーはタルコット・パーソンズという社会学者が用いた概念であり、インストゥルメンタルという言葉と対になっている。

 インストゥルメンタルはある物事をツールとして用いて、何らかの目的を目指す状態を指す。たとえばツイッターを情報交換や情報収集のツールとして用いるなら、その人はツイッターとインストゥルメンタルに関わっていることになる。

 それに対しコンサマトリーとは、ある物事それ自体を楽しむことを意味する。同じくツイッターの例でいけば、ツイッターで情報交換すること、投稿することそれ自体を楽しんでいるのなら、その人はコンサマトリーにツイッターと関わっていることになる。

 かつて若者は、輝かしい未来を目指して、今の苦しさに耐えることが求められた。これは「今」というものにインストゥルメンタルに関わることを意味するだろう。ならば古市が指摘するコンサマトリーな若者たちは、「今」を手段とみなさず、それを楽しんでいるのだと言うことができる。

 実は若者のコンサマトリー化はかなり以前から指摘されていたらしい(筑紫哲也は八〇年代初頭に当時の若者を指して「半径二メートルだけの視野」「身のまわり主義」などと言っていたそうである)。そして当然、それを指摘する人々はそのような若者のあり方を嘆いていた。

 それに対し古市は、こうしたコンサマトリーな生き方はそれはそれでいいではないかと言う。私もそう思う。人に、「今」を手段として生きることを強いるなどというのは恐ろしい傲慢である。実際、経済発展という目的に向かいながら、人が自分の生にインストルメンタルにしか関われないような社会を、日本はある時から反省してきたのではなかっただろうか。今の若者のコンサマトリーな生き方にはむしろ、見るべき点が多いとすら言うべきではないか。





 しかし、もちろんこれを言うだけでは不十分である。これでは単に現状肯定しているように受け止められてしまうだろう。古市は一部からそのような主張の持ち主と見なされているのだが、全くの誤解である。 実際に『絶望の国の幸福な若者たち』を読んでみると、もう一つ、別の大切なことが書いてあるのに人は気付くはずである。それがモラル・エコノミーという概念だ。

 これは民衆史の研究から出てきた概念である。それによれば民衆は「モラル・エコノミー」と呼ばれる独自のルールを持っている。民衆が立ち上がるのは、その独自のルールが侵された時が多いのだと言う。たとえば江戸時代の「打ち壊し」、大正期の「米騒動」がその典型例である。どちらも買い占めなどによる米価の値上げが彼らの独自のルールを侵したために起こった。

 世界のどこか遠くで起こった不幸な出来事について突然語られても、人は驚くか、その場で悲しんで終わりになってしまうかもしれない。しかし、自分たちの日常に関わるとなれば、コンサマトリーな若者でも動き出す可能性があると古市は言う。

 たとえば、多くのひとはいきなり「中国の工場における農民工搾取問題」と言われても何の関心ももたないだろう。けれど、iPhoneユーザーに対して「あなたが持っているiPhoneを製造した工場で労働者の連続自殺が問題になっている」という情報の提示の仕方だったらどうか。さらに、そのiPhoneユーザーの年齢にあわせて、「昨日死んだのは、あなたと同じ年齢の一九歳の若者でした」という情報が、写真付きで届けられたらどうか。「ちょっとくらいは別の国の、出会ったたこともない労働者のことを想像するかも知れない」。

 人々を立ち上がらせるのはモラル・エコノミーの侵害だけではないだろうが、しかし、これは大切な回路である。そしてもう一つ大切なのは、最後の最後にならなければ自分のモラル・エコノミーの侵害に気がつかないという事態も多く存在するということである。

 身近なところと遠いところ、少し難しく言えば、コンサマトリーな親密圏と問題が起きている公共圏とを繫ぐ何かが必要である。その何かは様々なものであり得る。原発事故であれだけの人が立ち上がったことを考えると、意外にちょっとした工夫で事態は大きく動くのではないかという気もしている。

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2012年6月19日 (火)

浜岡は絶対再稼働しないでほしい!!!

浜岡は、何とか今のところ大丈夫そうだけど…think

静岡新聞の記事から(以下、付けは私です)

【大飯再稼働決定】浜岡判断「直結せず」 地元4市長が認識(2012/6/17 07:25)

 政府が関西電力大飯原発3、4号機(福井県おおい町)の再稼働を決定した16日、中部電力浜岡原発(御前崎市佐倉)の地元4市の市長は、決定が今後迫られる浜岡原発再稼働の判断には直接結びつかないとの認識を示した。エネルギー政策や原発をめぐる施策について、国の説明を求める声も相次いだ。
 御前崎市の石原茂雄市長は大飯原発の再稼働について「国と地元が関西電力管内の住民生活、経済活動を守るため、今回の決定に至った」との見方を示した。一方、浜岡原発の再稼働については「今は議論する時ではない」とし、「国のエネルギー政策は決まらず、津波対策工事の評価結果も得られていない。(原発以外の発電による)環境への影響やコスト増の議論もない。判断材料が非常に乏しい」と指摘。「国の動きをしっかり見ていきたい」と話した。
 浜岡原発の永久停止を求めている牧之原市の西原茂樹市長は「東京電力福島第1原発の事故原因がいまだ明確になっていない。事故の反省も教訓も生かされず、大飯原発が政治判断で再稼働に至ったことは、非常に残念」と述べた。
 掛川市の松井三郎市長も「政府の決定は拙速。再稼働の必要性、新エネルギー政策、原子力規制庁、電力需要、使用済み燃料の最終処分などを含めた総合的な説明を欠いている」と批判した。浜岡原発に関しては「福島第1原発事故の検証、南海トラフ巨大地震の新たな想定を踏まえた安全対策が終了し、将来にわたり安全・安心が確保されなければ、再稼働は認められない」と述べた。
 菊川市の太田順一市長は「関西電力管内での夏の電力需要の厳しさを考慮した判断と思うが、浜岡原発とは事情が異なる」と指摘した。「浜岡は菅直人前首相が全国で唯一、国民の安全と安心を考え、運転停止を要請した原発。現状では市民の不安が払拭(ふっしょく)され、理解が得られたとは受け止めていない」と強調し、現時点では再稼働を認めない考えを重ねて示した。

川勝知事の最近のお考えは…

知事の記者会見より

【太陽エネルギーを活かしたエネルギーの地産地消について】

第2番目の発表項目は太陽エネルギーを活かしたエネルギーの地産地消についてでございます。太陽光及び太陽熱を利用した新エネルギーの導入を県をあげて促進しているところでございます。昨年度に県単独の助成制度を創設いたしました。平成23年度の導入件数は11,666件で、これは全国3位です。その前年には7,443件しかなかった。しかも全国7位であったわけですので、大幅な増加です。ただ前年度からの導入伸び率は、ほぼ1.6倍で、全国1位でございます。平成24年度につきましても、さらに導入を加速してまいりたいと思います。今年度は住宅への太陽光発電設備に加えまして、太陽熱利用設備につきましても、新しく補助対象にいたしまして、5月9日から補助金申請の受付を開始しております。県民の皆様にはぜひ積極的に御活用をお願申し上げます。また、事業用の太陽光発電設備などを設置する中小企業等に対する助成制度を新しく創設いたしまします。そして、明日6月12日より補助金申請の受付を開始いたします。7月から再生可能エネルギーの固定価格買取制度が始まるところでございますので、中小企業等の皆様にはぜひこの補助金を積極的に御活用してもらいたいと存じます。メガソーラーの誘致につきましても今取り組んでおりまして、今後はメガソーラー誘致に向けた取り組みを一層促進しまして、県内へのメガソーラー導入を加速したいと考えております。

【中部電力が設置する研究所について】
<知事>
まず最初の中部電力原子力安全研究所に関わる御質問でございますが、現在、日本の原子力技術というのは巷トップクラスであると言われてきたわけでございますけれども、今回の事故処理の中で分かってきた事故処理に関わる技術が十分でないというそうした観点から、この度研究所をお建てになって、しかもそれが浜岡原子力発電所内にあるということで、文字通り1号機2号機これを廃炉にしなくちゃいけない。3号機4号機5号機につきましては4号機をプルサーマルにする、あるいは6号機を建てるというそういう計画をなさっておられるわけですが、そうした全ての事を研究対象としてやるということになりますので、研究項目は非常に多岐にわたっています。そのうちのひとつ、御指摘のトリウムにつきましては、これはプルトニウムをどのように処理するか、要するに一般的に言えば、使用済み核燃料というものはプルトニウムを含んでいるわけですが、このプルトニウムをもう一度ウランと化合させてMOXにして燃やすという方法、これが今は安全性を考えると厳しくなっている。そしてさらに高速増殖炉というのは極めて実現可能性が低くなっておりますので、原子力基本法に則って、そしてプルトニウムを処理する、そういう物質としてのトリウムというのがございまして、それについての研究の成果もこれまで細々としておりますが確実に育ってきているということで、これを研究テーマに入れられたということを高く評価しております。研究するということはやはり小さなレベルでやるので、最初から例えば6号機を建てるということになりますと、100万キロワット以上の大きな施設を建てないといけない。トリウムということになりますと、それがかなり小規模でやらなくちゃいけない。小規模化ということも視野に入ってくるのではないか。何も100万キロワットでなくとも、10万キロワットでやると、もし事故が起こっても安全を担保しやすいと思います。ある程度の大きさになれば今度はコントロールをしきれないということが出てくると思います。それから余りに小さければコストが合わない。コスト的にも合って、かつ、安全である最小規模とは何か、というようなこともやはりトリウムを材料としてやる場合には、これは小型化というのはトリウムの持っている性質上、今せいぜい10万キロワットぐらいのレベルでやるのではないかと思いますが。最初の実験は1万キロワットぐらいでやるのではないかと思いますが。この研究が進むことを強く希望しています。そして実験をしながら、もしそこで電気が起こせるなら、これをお持ちになっている送電線で送られれば良い。今のあり方は、発電会社が受電会社になっている。とんでもないことだと反省をしていただく必要がございます。ありとあらゆる可能性をそこでやっていただきたい。私は何度も申し上げておりますけれども、防波壁、巨大なものが今だんだんと我々の眼前に出来つつありますけれども、巨大壁は壁だけかと。壁の上に太陽が燦々と当たっているのですから、それで2メートルの幅で1.6キロあるわけですから。それだけでどれぐらいの太陽光の発電ができるのかということも併せてやっていただけたらいいと思います。そういう発電所としての本来の存在理由をしっかり研究しながら発揮していただくという方向で研究が進むことを強く期待しております。特に、明日、6月12日に有馬先生を部会長とする第3回の原子力経済性等検証専門部会を開催いたします。この会議は前回に引き続きまして、トリウム溶融塩炉をテーマといたします。もう一度亀井さんと、この方面で立場は違いますが、山名先生がお越しになるということなので、その御二人のやりとりを見ながらトリウム溶融塩炉の技術レベル、抱えている問題、こうしたものについての認識を共有したい。是非皆様方にも御聴講をお願いしたいと存じます。

【トリウムに関する研究について】

<記者>
 トリウム発電についていくつか具体的に伺いたいのですけれども、中部電力さんに伺うと、今すぐ実験炉を浜岡に建てるという考えはお持ちではなくて、とりあえず全国各地の実験データを取り寄せて解析したいというお考えを伺ったのですが、知事この先、あの浜岡の地でトリウムの核分裂反応を伴う実験炉を作るべきだというお考えなのかどうかお聞かせいただけますでしょうか。

<知事>
 これは中部電力の主体的な判断というものがあると思います。研究所をそこに持ってきて、しかしいろんな人が新しい研究をするということは共通認識としてあるのですが、その研究を具体的に今の浜岡の施設を使って活用するかという、そこまで踏み込んだ研究所となるかというと、私の知っている範囲でも今記者さんがおっしゃったように、そこまで踏み込んだ姿勢にはなっていないですね。しかし、トリウムについて当初は興味もお持ちでは無かったと思います。しかし実際こちらで研究会をし、そしてそれがひとつの解決方法になるということでこれを研究テーマのひとつにされたということでございまして、しかしこれが真に実用可能なものかどうかということは、いろんな条件が整わないといけないと思います。まず人が要ります。今やっている人が中電の中にいらっしゃいませんので、ですから中電は来年の4月から大学研究者を公募してやるとおっしゃっているので、ここにそういう適任者が応募されるかどうかが鍵になるのではないかと思います。

<記者>
 なぜこのようなことを伺うかと言いますと、まだ日本国内で何ら実証されていない核分裂反応を伴う実験を行うとなりますと、実際に強いガンマ線が出るということですので、なぜよりによって震度7が想定されている御前崎市で、しかも21メートルの津波まで数字が出ている浜岡の地でやる必要があるのか。ましてやトリウム発電は冷却が空冷でも可能という事で海水を必要としないと言われる中で、本当にあの場所でやることを望んでおられるのか、本当に事故のリスクを背負ってまでやるとしたら、これは知事選挙の争点になってもおかしくないくらいの大きなテーマたりうると思うのですが、知事はやるべきだとお考えでしょうか。

<知事>
 ありとあらゆる可能性を排除してはならない。特に日本は原子力技術におきまして、トップクラスの大学にそのような科が置かれて、人を養成し、そうした人たちが働いています。この人たちの頭脳の流出を止めるためにも、また将来にわたって日本が安全面において優れた人材を供給するためにも、現場で働く技術者、研究者がいないといけないと、かねてから思っておりました。こういう点で産学協同ができる現場というのはどこかということになりますと、例えば東電は今その余裕がありません。関電もフル稼働いたしますと原発が5割以上占めますから、また四国電力も九州電力も仮に原発がフル稼働した場合には依存率が5割ということで、そうしたところは余裕が無いのに対して、本県の場合にはフル稼働しても1割ちょっと超える程度でございます。したがって余裕がある県です。研究の余裕があるということです。研究するだけの、今の原発を動かさなくても研究する余裕がある。しかも安全を高めるということを、その現場でしないとならないと思います。ですからトリウムがひとつの方法ですけれども、そこにある1号機の1体の使用済み核燃料、2号機の1,000体を超える使用済み核燃料、さらにまた使用中のものがあります。それをどうするかということを机上の空論でやっていても駄目ですから。そうした中のひとつの方法として、そこでともかく一番危険なもの、世界的に認識されているプルトニウムをどのように処理するかということは、人類における一番大きな課題だと言っていいかと思います。この原子炉の平和利用ということはプルトニウムによって原爆を作らないということですから。そのプルトニウムを持っているわけですね、日本は。これをどうしたらいいか。その持っている現場のところでこれを解消する方法を、実験しながらやるというのが一番合理的である。しかも防波壁というものを作って、他のところと違って、1,400億円も使って安全性を確保して、21メートルの津波でも大丈夫だと豪語出来るほどの自信を持って、その安全性を今見ているところで、そういう危険なものについての実験をやるというのが一番安全なわけです。実際的なわけです。単にいわゆる言い訳として研究するのでは何もならない。本当に使う、使えるのかどうかということを、覚悟を持ってそこに技術者がいるところでやるということこそ本当の研究だと思っておりました。ですから中部電力も今他に研究所がございますけれども、それを現場に持って来てやるというところにひとつの覚悟がございます。


【使用済み核燃料の処理について】

<記者>
 もうひとつ伺います。トリウムはプルトニウムの発生を抑えられるということですが、使用済み燃料というものは出るわけですけれども、知事は以前、よそに持っていって処理するのは失礼なことであるという発言をなさったこともありますが、これは使用済み燃料は浜岡の地で処分・埋め立てを長期的にはできるという、そういうお考えなのでしょうか。

<知事>
 他に持っていけますか。ですから、今、使用済み核燃料どころか、もし事故が起こった場合には、放射能によって汚染される。そのがれき。これすら全国各地、そこの土地の名前と結びついているがれきというだけで拒否している。そういう現実に照らして、現場できちっとリサイクル・リユース・リデュース、リデュースですね、危険を減らしていくということ、これができなくてどうするのですか。持っているものは自分で責任を持って処理するということだと思います。中部電力はただ一箇所にしか原発を持っていない。そこで最先端の技術の可能性を探る。そういう一歩をふみだすということで、研究所を現場に置くと言われる。私はこれこそが評価するべきことだと思っております。ただ、先程申し上げたように研究項目、課題がたくさんある。その中でトリウムを我々素人が言ってもそれはそんなにたくさんの専門家がいるわけではない、溶融塩というものは大変なかなか難しくて、京大、阪大、同志社等にそういうかなり高い研究レベルの集団がいらっしゃいますけれども、そうした人たちと組まないとできません。そうした人たちが応募してくださらないとできません。ですからやはりそうした条件が整わないうちに、その先のことは言えない。しかしさしあたって、私はすでに現実的な選択肢のひとつとしてトリウム溶融塩発電というのはアメリカ、中国その他で一歩踏み出されています。そうしたことに照らしますと、私は他の電力会社の状況に照らしますと、中電が最もアドバンテージがある。比較優位がある。研究をするのに。そのように見ております。

<記者>
 非常に重要な話なので伺いたいのですが、今、知事が再稼働の条件として挙げられている使用済み燃料の処理、これはプルトニウムの部分がトリウムで処理できるかは別にして、燃料棒自体の処理も、要するに持っていくのではなく、浜岡で完結した処理を、地層処分なり何なりをするべきだとお考えなのでしょうか。

<知事>
 原則論として、持っていけないということを前提にして考えないといけないということですね。国内に持っていくところというのは今のところは青森しかありません。青森は今中断しております。海外に持っていけますか。そんな無礼なことはできません。ですから、しかし、常にこのボトルネックがあって、それを破って行く、ブレイクスルーするというのがこれまでの研究の歩みですので、ですから現在ある処理方法以外にも何か出てくる可能性もあります。私は常に、我々は科学技術立国という道を歩みだしていますので、それをとことん追求して限界までいって駄目だったなら諦めるということで、本当に危険なものを危険なものに放置しないという原則で、一緒にやろうと中部電力と我々の、中部電力のトップと私、幹部の間での共通の使命感というものを持っているわけです。

【大飯原発と浜岡原発の再稼動について】

<記者>
 大飯原発の関係ですが、政府は野田さんが「私の判断」ということで再稼働を決めたということですが、これに対する評価を。そして大飯に続いて、電力需給が厳しいというところがございますので、今後さらに別のところでも、という可能性がなくはないということで、今の形で浜岡の再稼働を政府が進めようとした場合に、どういう対応をされるのかをお尋ねしたい。

<知事>
 今、日本に9つの電力会社が原発を持っているわけですね。そしてそれぞれ依存度が違います。非常に高い西日本の電力会社の場合には、やはり電力会社の使命は電力の安定供給ということですから、これは生活、産業、要するに生きていくのに不可欠な血のようなものですので、これはどうしてもエネルギーとして供給しなくてはいけない。それが、供給が枯れたらどうするのか。その時の問題を安全と天秤にかけながらやらなくちゃいけない。そこで皆苦しまれているわけです。ですから私は地域ごとに課題は違うと受け止めています。ですから脱原発依存ということをおそらく内閣は共通認識としてお持ちだと思います。それをハードランディングで、安全でないということはあるけれども、とりあえず現在の判断基準で見れば、暫定的にせよ安全といふうに言った方が、安全でないというふうに言うよりも信頼性が高い。ということで、そういう政治的判断で安全だと言われているわけですから。これは絶対的な安全とはちょっと違うということは自ら認められているわけです。そこにあるのは、すぐにはハードランディングでストップできない。だから徐々に減らしていくという姿勢ではないかと思います。現実的な姿勢だということですね。特にそこに依存している多くの市民がいらっしゃる。つまり生活。そういう人たちのことも考えなくてはいけない。我々が浜岡原発については一番大事なのはそこで働く数千人の方々の安全です。私にとっては。そこの安全がまず保たれていることが大事。それと同じように、そこで働いている人たちが養っている人で、その人たちが原発が止まると生きていけないという、それを為政者は放っておけないでしょう。今は。ですから、ソフトランディングのひとつの形かな、と。脱原発依存へのソフトランディングのひとつの形と受け止めております。それは関西電力管内における話で、それはそのまま他の電力管内に妥当するかどうかは別の話で、本県は中部電力管内ですから、管内の特殊事情として他の原発における稼働の基準とか、あるいは稼働の事実、これをそのまま当てはめるということについては地域の事情が違うということで、一律にはいきません、と考えております。例えば、東電が値段を上げても、うちは上げないでしょう。それぞれ違うわけです。一律ではございません。あそこを上げなくてはならないのは原発事故を起こしたからでしょう。関電のほうは、重篤の患者がもし電気が切れれば、それで危険な状態に陥ることも考えなくてはいけないということで、どうするんだという事情で、事情が異なって、既に動いているわけです。全部一律にというふうなものではない。地域自立というのは、電力における地産地消ということを言っておりますが、これは中央政府全体の見方でもあると思います。なるべくエネルギーというものは分散型地産地消で太陽光を、あるいは風力を、あるいは海上の風力発電をとか言われておりますが、それは皆同じ流れの中で言っております。そのようなエネルギーの地産地消のための動きというのは実は脱原発における動きと同じでございます。ただ、原発依存度が違うので一律には論じられない。私は意見はございますけれども、関電管内について、福井県知事さん、滋賀県知事さん、それぞれ非常によくその気持ちが分かっているのですが、今回はコメントを差し控えたいと思っております。付け加えますと私たちが決めたことに勝手なことを容喙してはならんということもあります。管内における責任は我々地域のものが持つ。その責任をしっかり持ってお決めになるなら、私はその責任において、地域のリーダーですから、尊重する。我々の責任において地域の住民の安全、そしてまた電力供給というものに責任を持つ、そういう存在だということなので勝手なコメントや評価が来た場合には退ける。同じスタンスです。

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2012年6月17日 (日)

なんとこの国は大飯原発再稼働に向かってるのですぞ!!!怒り心頭!!!

こんなにたくさんの国民が大飯原発再稼働に反対しているのに、まだ福島の原発事故の反省も処理もできていないのに、全然安全確認なんかできていないはずなのに、再稼働に方向付けをしているたくさんの政治家の人たちに腹が立ってしょうがないsign03pout

だから、ウェブの記事でも、twitterでも、facebookでも、再稼働反対、再稼働に向けようとしている野田政権批判のにおいのするものには、とても敏感になっているし、つい食い入るように読んでしまうthink

その中の一つ。

東京新聞の記事だとか…付けは私です。

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この内容を、ghirotoさんがご自身のブログYahman! No Problem!で、文章にしてくださっている。

識者たちが謎解き
再稼動 野田演説の本質



国会では、13日も大飯原発再稼働についての質疑があったが
野田政権は「馬耳東風」に徹した
政権はひたすら儀式を重ね、再稼動へと突き進んでいる
首相が国民に直接訴えたいと開かれた8日の記者会見
そこでの演説からは、
論理も倫理も欠いた政治が浮き彫りになった
危機の所存を識者の皆さんに「謎解き」してもらった

【東京新聞】 こちら特報部 (上田千秋、小倉貞俊記者) 2012/6/14 より


<地震国…土台すぐ崩壊>

「首相の話は、地震国日本に立地する原発そのもの
土台がしっかりしておらず、すぐに崩れてしまう」
法政大の田中優子教授(江戸学)はそう切り出した

「一番不自然だったのは『計画停電を余儀なくされ、
突発的な停電が起これば…』という部分
突発的な停電なんてないのに
原稿を書いた官僚が
『優秀なのは自分たちだけ それ以外の人間はバカだから、
この程度の内容でだませる』と思ったんでしょうね」


田中さんは
「再稼動圧力がどこから出てきたのか考えると、
経団連や大企業だけでなく、米国からもあったのでは
中国をけん制するため、いつでも日本は核武装できるという態勢に
しておきたいはず」
と話した


<洗濯機のカビ>

東京・高円寺のリサイクルショップ「素人の乱」の店主で、
脱原発デモを催す松本哉
さんは、再稼動の演説をする野田氏の姿が
「洗濯機のカビ」に重なったという
「洗濯機にはカビが生えやすいが、少しくらいなら、ほっておく人も多い
でも、ある限界を超えると、突然手が付けられないほど大繁殖し、
手遅れになるんです」
野田氏も同様に見えるという
「就任時は影の薄い存在で、誰も気にしなかった
前首相の脱原発依存方針を踏襲していくのかと思っていたが、
一気にすべてを振り出しに戻してしまった
『なんだこりゃ、この人、国民の声なんて、何も聞いていないんだな』
とあきれ果てましたね」



<国家のため国民の犠牲>

福島県三春町在住の僧侶で、作家の玄侑宗久さ
「首相会見と掛けて、トイレの後のネコのおしりと解きます
その心は完全に(国民を)なめてます」
と苦笑した
「(大飯原発周辺の)断層が動く可能性についても、
政府は原子力安全・保安院の見解をうのみにするだけ
想定外の事態が起こり得るという発想がなく、
福島の経験から何も学んでいない
『国民の生活を守る』といった言い回しも、
官僚が書いた原稿を読んだだけなんでしょうね」



文芸評論家の柄谷行人さん
「よくもあれだけ空疎なことが言えたと思う
『国家を守るために国民を犠牲にした、
本当は国民のことは考えていない』
って言うべきだ」
と憤る

「原発は国家にとって資本のエッセンスみたいなもの
国民より国際競争力が大切で、原発をやめたら経済的に不利になるから
国民はしばらく辛抱しろというのが本音だ

小泉政権も『国民も痛みに耐えろ』と言ってたが、それと同じだ」

首相の「まさに私の責任で」というくだりは
「振り付けた官僚が内心『こいつに責任を負わせればいい』と
考えたように聞こえた」
と皮肉った


<学生なら零点リポート>

神戸女学院大名誉教授の内田樹さん
「あの演説が学生のリポートなら零点だ」
と酷評した
首相は『国民の生活を守る』という言葉を、
原発の安全性確保と経済への悪影響回避という二つの意味で使った

内田さんは
「こういう言い方は詭弁を弄する際の基本
なぜなら本来並び立つものではないから」
学生に詭弁は使うなと教えている
両者を並べて考えた結果、後者を優先したと説明すべきだった」
と説明する

「国の根幹の政策を決める会見で、
首相がトリッキーな言い方をするのはまずい
必要な理由を諄々と説かれれば納得する人もいたと思うが、
いくらなんでもひどい」


<官邸に入って「原発中毒」に>

作家の宮崎学さん首相演説を
「薬物をやめない言い訳を滔々と主張する薬物依存者の姿に似ている」
と表現した
「原子力を国策にしてきたこの国では、
原発推進こそ首相が堅持しなければならない最重要テーマ
いったん首相官邸に入ると取り込まれ、
誰もが原発に関する重度の依存症になってしまう
いわば『原発中毒』だ」

さらに
「もはや思考停止の状態
電力供給が足りないなら、政治の力でその分の需要を抑えればよいだけ
国民に対する恫喝でしかない
3.11が科学万能主義の安全神話に問題を提起したのに、
理解しようという姿勢はゼロ」

と切り捨てた


<電力会社の広告塔 しゃべる人形>

大阪府在住で原発をテーマにした著作もある作家の高村薫さん
「野田首相は電力会社の広告塔であり、ただのしゃべる人形」
と批判した
「『安全は確保されているものの、安全判断の基準は暫定的なもの』
という部分など明らかに矛盾している内容なのに
野田さんは滔々と話し続けた
官僚の作文にせよ、自分が発表する文章なんだから
おかしいと思わなきゃいけない」



「私の責任」っていつまでなの?


「私の責任」という点については
「この人はいつまで首相をやるつもりなんでしょうね」

「消費者として関電のやり方には不満を持っている
節電する方法はいくらでもある
関西に限らず節電している人は全国にたくさんいるし、続けないといけない
政府は大飯を皮切りに他の原発も動かすつもり
生活を脅かすような事態は起きないと示さねば」



勘違い おさらい

各方面から疑問の声が上がった野田首相の再稼働演説
その勘違いをあらためて指摘しておきたい

国論を二分 → 国民の多数反対

再稼働問題が「国論を二分」というが、
早急な再稼働には圧倒的多数の国民が反対している


「慎重には慎重を」という安全性については、
原子力安全委員会の班目春樹委員長ですら
根拠である「安全評価(ストレステスト)の一次評価」だけでは、
再稼働に不十分という立場だ


さらに免震重要棟やベント装置、予備電源の設置など
災害対策に不可欠な設備の着手はこれから
再稼働してすぐに事故が起きてしまえば、対応できない



停電で失業 → 事故で故郷失う

電力需給についても、停電となれば「働く場がなくなってしまう」というが
福島原発事故では仕事のみならず、
故郷や家族との暮らしの場を失った人たちが続出した
関西での「15%の電力需給ギャップ」という数字も持ち出したが、
関西電力自ら大阪府市エネルギー戦略会議での席上、
「5%の不足」という数字を提示している


「石油資源の7割を中東に頼っており」と強調したが、
火力発電燃料の主力は現在、石炭や液化天然ガス(LNG)で
石油は1割にすぎない

加えて、火力発電はコスト高という経済的な圧迫にも言及したが、
使用済み核燃料の処理費用を含めれば、
原子力の発電コストの方が高くつくことはすでに明らかだ



〔デスクメモ〕
反骨の弁護士、山崎今朝弥翁は関東大震災直後の
朝鮮人や労働者の虐殺にこう憤慨した
「噴火口を密閉したのみで安泰だと思ってるは馬鹿の骨頂だ
何時(いつ)か一時に奮然として爆裂するは当然過ぎるほど当然…」
(『地震・憲兵・火事・巡査』)
この言葉を野田首相に贈りたい

(牧デスク)

こんな論理の矛盾した演説をしただけでも、世界に向かって恥をさらしたのにsign03pout

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2012年4月20日 (金)

エコノミスト浜矩子氏、原発再稼働について

昨日の古館さんの報道ステーション、「原発再稼働、わたしはこう思う」、実は私自身は初めて見たのだけど、このシリーズ最後の方だったらしいのだが、このエコノミスト、浜矩子(はまのりこ)さんの考え方、本当にごもっともsign03

政府や経済界はどうしてこういう考え方が出来ないんだろう…angry

20120419 原発再稼働わたしはこう思う... 投稿者 PMG5

Q:原発再稼働について

A:反対です。

福島の時に非常にはっきり分かったことは、いかに我々は技術 をまともに制御できる力をまだ蓄えていないかということ。この一連の展開を見ていて非常に「魔法使いの弟子」という言葉を思い出し ますけれども。

ディズニー映画でご覧になっているかもしれないのですけど、「 魔法使いの弟子」というのはおまじないをかけることはできるのだけれどそれを 止めることが出来ない、という未熟者だから、我々は原子力というものとの関わりにおいてはまだまだ「魔法使いの弟子」であって本当の「魔法使い」になっ てないのだからその魔法を使ってはいけないということなんじゃないかと思います。

いくら原発をフル稼働させたってやっぱりシャッター通りはシャッター通りのまんまじゃないですか。地方の疲弊は進む進むまんまですよね。この際、逆を向いて歩こうというので、今までやってきたことといわば正反対の方向に行くと、成長戦略ではないのだと。

原発をあれだけの規模でフル稼働させなければ維持できないような経済活動の水準というものがそもそも高すぎる、大きすぎる、膨張し過ぎだというふうに考えてそこを下げてくる、その意味そのためのいいきっかけになると考えればいいんじゃないかと思うんですよね。

Q:これからの日本について

A:私はやっぱり日本の現状とこれからについて、「老いらく国家」というイメージを 持っているんです。「老いらく」というのは要するに老いは楽だ、老いは楽し、ということですよね。ゆっくりのんびり生きるためにはどんな感じのエネルギー政策が必要なのか。

 今までは終わったことなんですからこれからをどうするかということとの関わりで、政治政策、経営のあらゆる側面について新しいビジョンを描いていくと、そういう姿勢が必要だと思うんですよね。そっちの方が面白いですよね。

 これだけの成熟度と規模を果たした、達成した経済を回している日本が断固原発には依存しないというような方向を打ち出したらば、それで、もしかするとですよ、世の中を地球的に変えることが出来るかもしれないと思う。

 原発問題に対してどういう哲学と、どういう心意気、気構えを持って日本が臨むのかということをはっきり示していく。福島のあの大惨事を体験したということもあり、被爆国でもあるということの観点から、日本はこの問題についてこのようなスタンスで行くということを示していく、これは言ってみれば日本のグローバルなレベルでの社会的な責任だと思うんですよね。

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2012年4月 5日 (木)

何が何でも再稼働?!

あろうことか、政府は大飯原発再稼働に向けて動き出しているsign03poutimpact

てっちゃん(鉄崎幹人さん)の言うとおり、今こそ、忌野清志郎さんの歌を改めて聞いてかみしめようsign03

SUMMER TIME BLUES (原子力はもういらねぇ!)

暑い夏がそこまで来てる

みんなが海へくり出していく

人気のない所で泳いだら

原子力発電所が建っていた

さっぱりわかんねえ、何のため?

狭い日本のサマータイム・ブルース

熱い炎が先っちょまで出てる

東海地震もそこまで来てる

だけどもまだまだ増えていく

原子力発電所が建っていく

さっぱりわかんねえ、誰のため?

狭い日本のサマータイム・ブルース

あくせく稼いで税金取られ

たまのバカンス田舎へ行けば

37個も建っている

原子力発電所がまだ増える

知らねえ内に漏れていた

あきれたもんだなサマータイム・ブルース

寒い冬がそこまで来てる

あんたもこのごろ抜け毛が多い (悪かったな、何だよ)

それでもテレビは言っている

「日本の原発は安全です」

さっぱりわかんねえ、根拠がねえ

これが最後のサマータイム・ブルース

電力は余ってる、

要らねえ、もう要らねえ

電力は余ってる、

要らねえ、欲しくない

原子力は要らねえ、

危ねえ、欲しくない

要らねえ、要らねえ、欲しくない

要らねえ、要らねえ、

電力は余っているんだってよ

要らねえ、危ねえ、

原発は危ねえ、

癌で死になりたくねえ。危ねえ

おれはがんで死にたくねえ。

危ねえ、危ねえ

君も君も君も君も、子供が欲しいなあ。

ぼく、目もぼくちゃんじゃ無い子がいいなあ、と来た。

危ねえ、危ねえ

LOVE ME TENDER 【放射能はいらねぇ!】

何言ってんだー、ふざけんじゃねー

核などいらねー

何言ってんだー、よせよ

だませやしねぇ

何言ってんだー、やめときな

いくら理屈をこねても

ほんの少し考えりゃ俺にもわかるさ

放射能はいらねえ、牛乳を飲みてぇ

何やってんだー、税金(かね)かえせ

目を覚ましな

たくみな言葉で一般庶民を

だまそうとしても

ほんの少しバレてる、その黒い腹

何やってんだー、偉そうに

世界の真ん中で

Oh my darling, I love you

長生きしてえな

Love me tender, love me true

Never let me go

Oh my darling, I love you

だまされちゃいけねぇ

何やってんだー、偉そうに

世界のど真ん中で

Oh my darling, I love you

長生きしてえな

それから斉藤和義さんの歌ももう一度sign03

『ずっとウソだった』

この国を歩けば、原発が54基
教科書もCMも言ってたよ、安全です。

俺たちを騙して、言い訳は「想定外」
懐かしいあの空、くすぐったい黒い雨。

ずっとウソだったんだぜ
やっぱ、ばれてしまったな
ホント、ウソだったんだぜ
原子力は安全です。

ずっとウソだったんだぜ
ほうれん草食いてえな
ホント、ウソだったんだぜ
気づいてたろ、この事態。

風に舞う放射能はもう止められない

何人が被曝すれば気がついてくれるの?
この国の政府。

この街を離れて、うまい水見つけたかい?

教えてよ!
やっぱいいや…

もうどこも逃げ場はない。

ずっとクソだったんだぜ
東電も、北電も、中電も、九電も
もう夢ばかり見てないけど、

ずっと、クソだったんだぜ

それでも続ける気だ

ホント、クソだったんだぜ

何かがしたいこの気持ち

ずっと、ウソだったんだぜ

ホント、クソだったんだぜ

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2011年12月15日 (木)

あきれてものが言えない、原子力ムラの今の実態!

河野太郎さんのメールマガジン「ごまめの歯ぎしり」12月14日号より

*****

......ごまめの歯ぎしり  メールマガジン版......

       衆議院議員 河野太郎の国会日記

===========================================================

メールマガジン「ごまめの歯ぎしり(応援版)」を創刊しました。

もし、月にワンコイン分のご支援をお願いできるなら、この

「ごまめの歯ぎしり(応援版)」をご購読いただけたら幸いです。

http://www.mag2.com/m/0001339330.html

ご支援ありがとうございます。

山本一太特命委員会で、自民党本部に九大、東工大のエネルギー、

原子力関係の教授を招いて、原子力関連の人材育成についてのヒア

リング。

驚いたのは、学界が果たしてきた原子力ムラのなかでの役割につい

て、二人とも、なんら反省もなく、これからこんな開発をやる、こ

んな研究をやる、だからそのための人材を育てないと云々と、まる

で福島の事故など無かったような能天気なプレゼンテーションだっ

たこと。

事故後に原子力の専門家がテレビで、メルトダウンではない、大き

な問題ではない云々とまるで真実と違うことを発言していたのはな

んだったのかという質問が立て続けに出されたのに対して、全く答

えもしない。

原子力ムラの中でも、特に腐敗がひどい分野かもしれない。

プレゼンテーションの中で、将来の原子力関連の人材の需要に関す

る予測として、

1.プラントの建設は各電力の供給計画による。プラント寿命は6

0年として即刻リプレースすると仮定する。

2.2030年までの新増設を4年に一基ずつに平準化する。

という、二つのケースでの試算が堂々と提示されていた。

あきれるというよりも、その象牙の塔ぶりに笑いが出た。

さらに、海外需要の5%から20%を受注したら技術者数の予測は

こうなるという予測までついてくる。

最後のページは「将来の人材育成に関する課題(福島事故後)」と

いう表題で、「世界の原子力利用推進の状況に対応した人材の育成

と供給(産業振興と密接に関連する)」そして「電気事業者、メー

カー、研究機関への優秀な人材の供給」。

シビアアクシデント対策とか、放射性物質の除去とか、核のゴミの

処分や廃炉のために必要な人材を供給しよう等ということは一言も

ない。

もちろん、使命感や倫理感に欠けた人材を供給してきたことに対す

る反省など全くなし。

こういう人間達に、原子力を任せたくないし、こういう人間達に、

原子力に関わる人材育成を任せたくない。

日本の原子力、根底の根底からおかしい。

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■発行:河野太郎

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◎ごまめの歯ぎしり

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*****

もう開いた口がふさがらないよなあ、原子力ムラsign03poutpunchannoy

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2011年10月27日 (木)

原発と放射能のこと―中山幹夫氏の本から(2)

WEB書籍『原発と放射線 第3版』続けて読んでいきます。

を付けたのは私です。

*****

放射線とは何か

 原子は小さくて見えませんが、私たちのまわりの物質はすべて水素や酸素、炭素などの92種類の小さな原子が大量に集まってできています。原子は互いにつながって、水やビタミン、生命を担うDNAなどの多様な分子になります。通常、原子は安定しているので別の原子になりません。普通は水素が酸素になることはないのです。しかし原子力発電所では原子の種類を変化させることで、原子の持つ力である原子力を利用して大量のエネルギーを作り出すことができます。その時に『放射性物質』と呼ばれる不安定な原子が多量に生成されます。放射性物質が原子炉の中に閉じ込められている場合は安全ですが、今は原子炉の外に大量に漏れています。

 不安定な原子の集まりである放射性物質は、高速で飛ぶ銃弾のようなものを発射してから別の安定な原子に変わります。この時に飛ぶ銃弾が『放射線』です。小さい原子一つ一つの全てに銃弾が入っているので、たとえほんのわずかな量の放射性物質であっても、そこから発射されるタマ(放射線)は数千億をはるかに超える膨大な数になります。ものすごい数のタマが適当な方向に次々と飛び出すのです。

 すなわち放射性物質とは、タマが入っているのに引き金がゆるんでいて勝手にタマが発射される壊れた拳銃が大量に集まっているようなものなのです。各原子に仕込まれているタマの数は、放射性物質の種類によって1つの場合もあるし2つなどの場合もあります。このタマこそが放射線で、タマの種類には4種類あります。小さい順で、ガンマ線、ベータ線、中性子線、一番大きいのがアルファ線と呼ばれています。大きいタマの方が危険なのですが、小さなタマでも強力なエネルギーを持っているので、ガンマ線だからといって安心なわけではありません。なおレントゲンで使うX線は、出方が違うだけでガンマ線と同じものです。どのタマも材料は電子など、どこにでもあるものですので、止まってしまえば全く安全で何の影響もありません。放射性物質も、仕込まれたタマをすべて発射してしまった後は安全な物質に変わります

 『放射性物質』の原子たちは、そのタマ(放射線)をいつ発射するのか。その時期の目安が『半減期』です。半減期の間に全体の半分の原子がタマを発射し終わるのです。それは自宅でポップコーンを作る様子に似ています。トウモロコシが徐々に破裂して半減期の間に半数がポップコーンになって、まだ残り半分はまだトウモロコシのままで残りはその後に破裂します。ただしポップコーンと少し違うのは、その後は半分の半分の半分といつまでも続くことです。まだタマを発射していない放射性物質は半減期の2倍の期間で4分の1になり、3倍の期間でさらに半分の8分の1まで減ります。半減期の10倍の時間で千分の1になります。

 さらに放射性物質の平均寿命というものがあります。放射性物質はさっさとタマを発射するのもあり、遅くなってから発射するのもあります。そしてタマを発射し終わると安全な物質に変わり放射性物質ではなくなります。安全な物質に変わるまでの平均期間を平均寿命といい、数学的に平均寿命は半減期の1.4倍です。

 セシウム137の半減期は30年、セシウム134の半減期は2年です。ヨウ素131は半減期が8日と言われていますが、実際はヨウ素は2つのタマを持っているので、半減期8日で最初のタマを発射してからもまだ不安定な状態が続き、その後に2個目のタマを半減期12日で出します。危険なのはその時に飛びだす放射線というタマに体が当たってしまうことなのです。

 放射性物質が放射線を出すことや、放射性物質が持つそのような能力を『放射能』と呼ぶことがあります。本書でも時々、放射能の用語を使うことがあります。

暗算で年間のミリシーベルト

 放射線が健康被害に与える影響は計算で出ますが、発ガンの増加率も広島原爆や原発事故、原発作業の犠牲者のデータを基にしているので精度は十分ではないのです。例えば0.55%発ガンと計算できても、実際は0.5%かもしれないし0.6%かもしれないのです。良心的な学者でも放射線のベクレルやシーベルトを考える時に難しい理論を使った細かい数字を示しがちです。専門家しか知らなくていいのならそれでいいのですが今は国民みんなが知らなければいけない状況です。

 みんなが知りたいことは、普段の環境と食生活の安全性を自分で判断するための基本的で分かやすい情報です。それに私たちは放射線量を管理されて生活しているわけではありません。ですから、細かすぎる数値はあまり意味がありません。だから日常生活では暗算ですぐ分かる概算が役立ちます。

 まず大切なことは放射線の健康被害への影響を示すための用語の意味を知ることです。覚えることは少しです。放射線量にはシーベルト(Sv)という単位を使います。括弧内のSvは短く省略して書く時の方法です。1シーベルトの1000分の1を1ミリシーベルト(mSv)と呼び、さらに1ミリシーベルトの1000分の1を1マイクロシーベルト(μSv)と呼びます。小さな量を示すミリとマイクロを短く書くためにはmとμの記号を使います

 Gyにも惑わされずさっさとμSvに換算します。Gyはグレイと読み、中性子線とアルファ線では5倍~20倍の計算をしますが、今心配なガンマ線とベータ線の場合にはグレイはシーベルトとまったく同じです。意地悪くnGyと書いてあることもありますが、nはナノと読み1000nGyが1マイクログレイ(μGy)なのです。だから、200nGyなら0.2マイクログレイ(μGy)です。すなわち0.2マイクロシーベルトとなります。

 報道される各地の放射線も線量計で測る数値も、1時間あたりの数値がマイクロシーベルトで示されます。安全性の判断には1年間の数値が必要です。1年は365日×24時間で約1万時間なので1万倍すればいいのです。しかしミリはマイクロの1000倍なので、下記の簡単な暗算で1年のミリシーベルトになります。

 1時間のマイクロシーベルトの数字を10倍すれば、1年間のミリシーベルトが概算できるのです。例えば、1時間3マイクロシーベルトなら数字を10倍すれば、1年間30ミリシーベルトとなります。1時間0.5マイクロなら、10倍して年5ミリシーベルトになります。

 放射線量を知るには個人で線量計を持たなくても、自治体や市民団体がデータをネット公開しています。

 なお食べ物の影響は、この後に出てくるベクレルの章を読んでください。これも暗算ですぐ分かります

放射線と健康被害

 銃弾のような放射線は体の細胞にあるDNAを傷つけます。でも当たる数が少なければ、健康には影響がありません。自然界にも放射線はあります。太陽からは光だけでなく放射線も来ます。身の回りの自然にも微量ですが、放射性物質が含まれています。しかし、自然界にある放射線の量なら危険ではありません。

 原子の大きさはとても小さいので、1ミクロン程度の小さな埃の中にも約1兆個の原子があります。だからわずかな放射性物質から大量なタマが発射されます。

 大人の体は約60兆の細胞からできています。もしも、放射性物質から出た大量な放射線が体に当たり、60兆個の細胞すべてを傷つける場合を考えてみます。ちょっと恐ろしい感じですが、すべての細胞を平均1回傷つけてしまう放射線量が1ミリシーベルトなのです。

でも実は年1~2ミリシーベルト程度の放射線は私たちが日常生活で浴びている自然放射線なのです。1年間に1ミリシーベルトの放射線を全身で平均して浴びても、それぞれの細胞は年1回しか傷つきません。2ミリシーベルトだとしても年2回なので修復に6カ月もの余裕があります。私たちの自然治癒能力によって、自然放射線によるダメージは問題なく修復されます。

 でも自然放射線の10倍や100倍も浴びたら細胞は修復できなくなることがあります。一般に5ミリを超えた辺りからリスクは高くなります。年1ミリでも全身に平均にではなく体の一部に集中して浴びれば、特定の細胞だけ何十回も傷つくので修復が困難になります。

 また、浴びる量は同じでも、放射線は長期間で少しずつ浴びることと、短期間でまとめて浴びことは同じではありません。例えば毎日1回づつ1年間、腕を手でたたき続けると合計365回で普通は大丈夫ですが、365回連続で腕をたたいたらケガをします。放射線もこれと同じで、ダメージの間隔が長ければ自然治癒できても連続でダメージを受けると修復できなくなります。

 もう一つ大事なことがあります。細胞にあるDNAは2本のペアで出来ているので、1本だけの損傷なら修復できる可能性は非常に大きいです。しかし短期間に大量の放射線を浴びてしまうと、偶然に2本のペアが両方とも同時に損傷してしまうことがあります。この場合、修復が難しくなって発ガンのリスクが高まります。

 以上のことから、たとえ1ミリシーベルトでも短期間で一気に浴びれば、1時間0.1マイクロシーベルトの割合で年間合計1ミリシーベルト浴びることとは比較にならないほどDNAが傷つきます。もし年間100ミリシーベルもの放射線を浴びればDNAへのダメージはかなり大きく、ガンになる可能性が高くなります。そして発病時期は多くの場合、5年後や10年後です。

外部被曝と内部被曝

 原発事故で放射性物質が広範囲にばら撒かれ、今では地面や食べ物、飲み水にも放射性物質が含まれるようになってしまい、私たちは大気中以外からも放射線を浴びるようになりました。健康被害とは体が受けた放射線の総量で決まります。大気中や地面の放射性物質から放射線を浴びることが外部被曝です。吸い込んだり食べたりした放射性物質が体外に排出されるまでの間に体内から浴びるのが内部被曝です。内部被曝は発射された全ての放射線が至近距離で体内から当たるので健康への影響が大きくなります。

 風が吹けば地上の放射性物質は土埃とともに舞い上がり肺に吸い込まれます。特に子供は背が低いので大人より多く吸い込みます。肺に入った放射性物質は容易には排出されないので肺ガンの原因になります。また放射性物質の種類によっては筋肉や甲状腺など体の様々な場所に蓄積され、その部分の発ガンの原因になります。例えば子供の場合、放射性ヨウ素は甲状腺ガンの原因になります。

 国民の外部被曝と内部被曝を防ぐためには、汚染を特定の地域に封じ込めて拡散を防ぐことが基本です。例えば20km圏内で特に汚染がひどい原発敷地内に保管施設を作って運ぶ案が思いつきます。すなわち放射性物質を元々あった場所に返す方法です。

 しかし国は逆に、汚染を日本中にばら撒いて薄めようとしています。国交省はわざわざセシウム入りの汚染汚泥をコンクートの材料にするように業界に圧力をかけて全国の建築物を汚染させ、農林水産省は汚染汚泥を肥料にして全国のきれいな農地にばら撒かせています。瓦礫の汚染も日本中に広げられています。

 Appendixの『A.人為的な放射能拡散』で放射能拡散の全貌が分かります。

 さらに全国の子供の給食には意図的に東北と関東の食材が使われています。そして横浜の小学生は国の暫定基準の8倍を超える牛肉を食べさせられてしまいました。子供にはできるだけ安全な食べ物、安全な環境を与えるべきなのに、日本では子供たちをあえて被曝させる行為が国家的に平然と行われています。

 それでも保護者たちの声に押されて一部自治体は、不条理な国と県には従わず子供を守るという勇敢な決断をしました。子供を犠牲にする政府の指導に従うことよりも子供たちの安全を優先して給食を仕入れることにしたのです。

 福島県郡山市では子供たちの安全を心配して校庭の表土の除去を行いました。福島市が国と福島県の言いなりになって校庭の汚染を放置している中で、保護者に押されて、同じ市内でも良識ある学校は独自判断で放射能汚染表土の除去が行われています。しかし郡山市の学校も福島市の学校も汚染表土の処分場が決まらずに困っています。せっかく除去した汚染表土なのに、それを子供たちがいる学校の隅に置くなどという馬鹿な選択肢などあるはずはないのです。

 また広島大の田中万也氏と近畿大の山崎秀夫氏は「上下入替は有効」との研究をしています。そこまでして学校内に汚染土を置くことはありません。これでは子供の安全を配慮しているようにみせかけて、まるで汚染表土を子供に押し付けるための研究と同じです。山崎氏は「汚染土を別の地域に捨てるのは困難。他に方法はない」としています。これでは、みんなが嫌がるから子供に犠牲を押し付ける、弱い者いじめです。

 全国のパパママが真剣に子供たちの外部被曝と内部被曝を最小に抑えたいと望んでいても、国と自治体と学者は、それとは反対のことをしています。ですから、まずは知識と行動力で自己防衛するしかありません。

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そうなのよね、うちの旦那も前から言ってるんだけど、放射能を帯びた瓦礫や土壌は、福島原発の土地の中に入れればいいんじゃないのsign02

中山氏が書いておられるように「特に汚染がひどい原発敷地内に保管施設を作って運ぶ案が思いつきます。すなわち放射性物質を元々あった場所に返す方法」を取れば解決じゃんsign03pout

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