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2013年3月17日 (日)

月刊「ナーム」を読み返す(1)

我が家は引っ越すことはないので、なかなか家の中にあるものを断捨離するというチャンスがない。

でも、近々引っ越すという友人が長年の荷物の整理に苦労して、これからは余分なものは持つまい、持ち物はできるだけ少なくすると思っていると聞き、確かにそうだと思うし、自分がいなくなったあとに、子供達や周りの人間が私の持ち物の整理にうんざりするようなことは避けたい

そう思って、最近服や本の断捨離を始めている。

断捨離って簡単に使ってるけど、確かにこういう意味なんだろうねえ

goo辞書より

断捨離=不要なものを断ち、捨て、執着から離れることを目指す整理法。平成22年(2010)ごろからの流行語。

これから整理しようと思う雑誌がある。月刊「ナーム」という水書房というところから出ている仏教関係の雑誌だ。

数年前にしばらくとっていた。

整理するために、少々気になるところを抜書してとっておこうと思う。

2005年9月号

松原泰道氏 ”いのちの言葉”「南無」より

「帰」は〈もとの所へもどってくる〉「依」は〈たよりにする〉意味だと字典は教えてくれます。私は特に「帰る」に心を引かれます。禅語に、「家に帰らずば我を我とすべからず。家に帰らば我を我とすべし」と、我が家に戻って気楽になってこそ、ほんとうの自分にたち返れるので、他の家や勤務先ではそうはいかないことは誰もが経験することです。

帰れるから/旅は楽しいのであり/旅のさびしさを楽しめるのも/わが家にいつかは戻れるからである/だから駅前のしょっからいラーメンがうまかったり/どこにもあるコケシの店をのぞいて/おみやげをさがしたりする(高見順『帰る旅』)

英国の古い詩に、
「人は/旅をする/人は旅をして/ついに家に帰る/人は生きる/人は/生きてついに土に帰る」
とあるそうですが、人間一生の旅を終って帰る行く先が、「土」である点が同じなのにまた考えさせられます。

詩人、高見順がこの詩を詠んだのは、彼が食道ガンを病んで五十九歳で亡くなる直前です。彼はなお詩い続けます。

この旅は/自然へ帰る旅である/帰るところのある旅だから/楽しくなくてはならないのだ/もうじき土に戻れるのだ/おみやげを買わなくていいか

「自然に帰る」とは、土に還ることです。土は我が家です。帰るべき所へ帰るのですから楽しくなくてはならないし、おみやげも必要だが、このおみやげはコケシやわさび漬けではないでしょう。私は、このみやげはあの世への持参品ではなく、この世への置き土産であると考えます。つまり立ち去るときにそこに置いてゆくもの、去ったあとにそっと残してゆくものです。

この世によい置きみやげを残した事実が、そのままあの世への何よりのおみやげだ、と私は信じます。

さあて、私は一体何を残せるでしょうか

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