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2009年9月15日 (火)

「話しあえない親子たち」伊藤友宣著―抜書き―(3)

話しあえない親子たち―「対立」から「対位」へ (PHP新書) (単行本(ソフトカバー)) 伊藤 友宣 (著)

「分からせる」より「分かる」こと…

「あーあ、いやになっちゃうな」
横にいる大人はそれを聞いても自分の思い通りに子の気持を動かそうとはしない。おだやかに自分のことに専念している姿などをじっと見せていてやる。すると、ふとこだわりが取れて、子の方も自分のやるべきことに知らず知らずのうちに取りかかっていたりする。

「頭」の働きを押し付けることばでなく、「心」の動きを誘うことばを、ということは、単なる知識としては分かっていても、実際の場面ではなかなか難しい。
 高校生のわが子が、突然高校をやめることにした、と言い出す。親は驚いてしまう。
「もうあと半年で卒業という今頃に、いったい何を考えているの?!」
 ことの理非を問う気持で子の「頭」に刺激を投げかけてしまう。すると、親にそのつもりはなくとも語気や目つきが明らかに揶揄だか憐憫を示していて、それが子の「心」にいたく突きささる。そのことに親はもちろん気づきはしない。

 実は、こういう時、「分からせる」よりもまず「分かる」ことがどれだけ大切なことか。
 ことの理非を「分からせる」よりも、子の当面の乱れた思いを、まず「分かる」ことが大事。そしてそれを心の中で分かったと一人合点しているのでなくて、しっかりことばにも出して、「こんな風だということが分かったよ」と親の了解を具体的な形で言い整えてやる。

 親は、「うん、分かった」と子が屈伏するまで話しあいを続けねばならないなどと考えているが、そういうのは、実質、話しあいなんてものではない。単に、短絡的な押しつけ、有無を言わさぬ制圧でしかなくて、子は反発のための反発に力んでしまう。

 相手がさて、どう出てくるだろうかと気にしながら、相手にかけることばは例外なく質問形になる。文字に書けば語尾に?がつく。気まずいやりとりの最初は、ほとんど例外なしにそうなっている。

そう、思い起こせば、末娘が横道に逸れ始めたとき、とにかく引き戻さなきゃと、有無を言わさぬ言い方で、私は「やめなさい」と言った。娘はもっと反発し、「どうせ私なんて死ねばいいんだから」とまで言ったっけ……

 よく不登校の子どもの家に、子にとっては敬遠すべきものでしかない先生が訪ねていく時、先生が声をかけるのは、なんといっても問う形でしかない。
「山田クン、どうかな? ちょっと出てきて先生と話してくれないか?うん?」
それですんなり出ていけるぐらいだったら、学校にも出かけていっているだろうに。むしろ、子どもの出てこないこだわりを認めて声だけかけておくことにすればどうだろうか。
「山田クン。そっちへ声が届くように、言うことだけ言っておくよ。気にすることはない。プリントはこれだ。予定表も置いておくよ。それから塩野クンと君と、休んでいるのは二人なんだ。それじゃあ、また来るよ」

 学校を長いこと休んでいる子が、学校のことについて親に問われると、ただただ親との関係が悪くなり、すべてのこだわりが強くなるので、当人に学校のことは言わないようにしよう、などという指導が多くの学校で行われているようである。それを教育用語では「登校刺激は与えないこと」と言うそうである。
 子どものこだわりが強くなるのは、問うて答えさせようとするからなのだから、学校については問う形でなく、親の思うことだけをさらりと言っておいてやる。

そう言えば、こういう指導、ラジオの教育相談でかつて聞いた気がするなあ…

「登校刺激は与えてはいけない」などと指導されて、二年も三年も学校のことは言わないようにしてきた、というような親がいる。子どもは長い間の放置状態のために、今は世間から自分ひとりが置き去りにされたという落ち込みで、すっかり閉じこもり状況だというような相談を受けて、こちらが絶句してしまうことが、最近は珍しくなくなった。
 親が子に、なにも言わない。言ってやることがないまま半年、一年と過ごすのでは、子に誰とも遠ざかる習慣がつくばかりなのは当り前である。
「取りとめのないような世間話なら、よく話しています」という母親がいるが、そんなやりとりはしながら、子自身の一番気にしている学校のことや、子自身の将来などについて故意に触れないとなると、子はまさに閉じこもってしまう。

 親は、自分が子にとって必要と思う情報を、返事を求めずに一方通行で伝えておいてやればいいのである。親自身の思っていること。子どもについての日々の思い。そして、どこかでキャッチしてきた世間の情報。本人にふさわしい学校についての、新たに知った情報などである。
 それらを、「…だそうだけど?」と、言ったあとこの反応を見守る質問パターンにはしないで、「…だそうだから、とりあえず伝えておく」といった言い切り語で伝える。

「登校刺激を与えるな」なんて、なんと意地悪なよそよそしさを含み込んだ対応のしかたであることか。
 登校するべしと、いたずらに頭にカチンとくるような刺激の与え方で強制するのは確かにまずいが、学校についての一切の表現をやめてしまえというのは異論である。

 一番自分が気にしていることを、本気で親と話しあえるように子の心のこわばりを解いてやるために、温い刺激を、重ねて与えてやればいい。徐々に効果はあがってくる。植木に水やこやしをやっておく時のように、結果はいつかひとりでに、植木の成長として植木自身が示してくれるだろう。

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