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2007年8月15日 (水)

「なぜ人は恐ろしいことをするのか」曽野綾子著(4)

発車間際の電車に乗り込もうとして怪我をしたというニュースが時々ある。

そうすると、駅員、乗務員の責任がすぐ問われるが、でもなあ、あれだけアナウンスで注意がされているのだから、本人の責任じゃないの、と感じる方も多いのではないだろうか。

新幹線のホームで車輌の写真を取ろうとした外国人に駅員がすさまじい警笛を鳴らしたところを曽野さんが目撃した。それに関連して…

外国では、つまり突発的な異変によらない限り、事故の被害を受ける責任は、基本的には当人にある、と考えるのだ。人の撮れないようないい写真を撮り、際立った記事を書くためにアフガニスタンのタリバン地区にまで入ったフリー・ジャーナリストは、誰かが強要してそうさせたのではないだろう。強要されたとしても、どうしても嫌なら断ることができる。(中略)そうした状況をすべて予測するのがジャーナリストだし、子供ではないのだから結果のすべては自分で負うべきなのである。

加えて、高校生の子供に対してまでも傘を持って行けと言うような日本の過保護な親について…

子供が自分で天気予報を見て雨具を持って行くかどうか決めればいいだろう。雨が降るとわかっていても、傘が面倒くさければ、濡れて帰るという選択をするのが青春というものだ。普通の健康状態なら、雨で濡れたから死ぬということはめったにないのだから、ずぶ濡れになるという人生の感覚も味あわせてやるのが親心というものである。

これはちょっと耳が痛いが(^_^;)、成人式についての曽野さんの意見は全くしごくごもっともである。

一部の成人式の愚劣さは目を覆うばかりだった。理由は簡単で、大人に信念がなく、甘やかしているからである。
 両親と来れば騒がないだろうとか、始めから会場を遊園地にするとか、何で甘やかすのだろう。我々税金を払っている者としては、どうして愚かでしかも心がいっこうに成人していない小心者のために、そんなにお金を使うのか、と思う。
 教室とか、式典の場とかいうものには、始めから約束ごとがある。それは、私語したり、途中から出て行ったりしない場所だということだ。それが嫌なら、最初からそんなところに行かなければいいのだ。別に成人式に行かないからといって、退学にもならず、就職にも差し支えないのだから、行かない自由は厳然として残されている。

ここを読んで、この事と根っこが同じなのではと思うのが次の箇所。

アフガニスタン沖に向かう自衛艦に乗り込む隊員の態度の報道のされ方について、私だけでなく複数の人が「あれは何だ」と思ったらしい。
 わずか数ヵ月行くくらいに、べたべたしたお別れも必要ないだろう。

 自衛隊員とタクシー乗務員と、どちらが危険の率が高いか、実は私はよく知らないのだが、愛国心も使命感も全くなく、危険もイヤなら、現代の日本では自衛隊員にならねばならないことはないのだから、そのような職業にはつかないことである。

 勇気のない世代が、勇気がないことを平気で世間に公表して憚らない。情ない話だ。

キーワードは「甘え」「甘やかし」かな……

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