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2007年6月14日 (木)

子供が心配をかけたら

末娘は、彼女を信じて一緒に歩いてくれる彼氏ができ、結婚式こそ事情があって挙げていないが、今年になって籍を入れ、今は二人で共稼ぎをして大阪で何とか暮らしている。

しかし、数年前に夜間のバイトをした頃から体調を崩し、ここ数年の間に、過食症、自律神経失調症(一時入院)を経験し、横道にそれかけたこともあったし、急にお遍路始めたり、そりゃもう、親はハラハラドキドキの連続だった。

親の思いにもかかわらず、一時は、こちらが言うことにはことごとく反発し、ほっといて欲しいという気持ちがありありとわかった。

どう娘に接していいかわからず、また自分の気持の整理が付かずに、私自身、電話でカウンセリングを受けたこともある。

先日、娘さんのことで悩んでいるという友人から、私の経験を見込んで(^_^;)相談を受けた。

とは言っても、私の少ないボキャブラリーでは、気持はよくわかるよ、ぐらいしか言えず、情けない限り。

で、思い出したのは,ひろさちやさんと美輪明宏さんの本に教えられて気持ちを静めたことがあったこと。

確かどこかに書いたような、と思ってバックアップを探したら、一番最初のブログに書いていた(Karanosu2006ではないが)。

以下がそれ。皆さんの参考にもなるかも知れない。抜書きは彼女にもメールで送ろうと思っている。

***************

美輪明宏氏は、親の相談に対してこう答えている。

「18歳や20歳っていったら、もう大人。自分で自分の人生を考える時期だもの。…あなたは、遠くから見ているだけでいいのです。帰省しているときだけ、言葉じゃなくて態度で温かく迎えてあげなさい。」 「娘さんからすれば、あなたが口出しするたびに『的外れなことをいってるな』って感じてるはずよ。的外れじゃなくても、的外れだと思おうとする。特にいまの若い子はそう。しかも、同じ言葉でも、他人にいわれた言葉はグサッと胸に刺さるけれど、身内がいったら馬耳東風、耳を素通りしちゃうもの」

「言葉でわからせようとするのはムダな努力でしかないわけだから、行動で示してあげるほかありません。戻ってきたときだけ優しく迎えてあげるだけでいいのです。オアシスのような存在ということね。何か問題が起こったとしても、結局は誰だって自分で解決していかなくてはいけないものなんだから」

「もう年齢的には大人なんだから、過剰に心配するのは逆効果。うざったい存在としか思われなくなるわよ。そうしたら、向こうからは連絡のひとつもこなくなるし、秘密もたくさん持たれるでしょう。ほっとくくらいのほうが、向こうも寂しくなるから、連絡もよこすし、帰ってくる回数だって増える。”追えば逃げて、逃げれば追う”もの。…対等な大人同士として、一線を引いた接し方をするくらいの余裕を持つことも必要ですよ」

以上『強く生きるために』(主婦と生活社)より

強く生きるために Book 強く生きるために

著者:美輪 明宏
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「いつでもあなたの味方だと言ってあげること。母親が何もかも認めてくれてすべてを包んでいてくれると思うと、秘密をもたなくなるの。何もかも向こうの方から、打ち明けてくれるようになる。今の状態だと、お母さんがほじくればほじくるほど殻を固くしますよ。つついたり説教をすればするほど、距離が遠ざかりますよ。そのうち姿まで消してしまいます」

「子どもにしがみつかないで、『あなたのことは全部知っているわよ。お母さん悲しいわよ。悲しいけれど、あなたが選んだ道だから仕方がないわね』って言ってあげるの。友達のように大きな愛で包んでいれば、自分の家ほど居心地のいいところはないから、グレることはないんですよ」

以上『生きるって簡単』(佼成出版社)より

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また、ひろさちや氏は『わたしの南無妙法蓮華経』(佼成出版社)の中で次のように書いている。

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著者:ひろ さちや
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「もしも子どもが不幸に遭遇したら、親が子どもといっしょに泣いてやればいい。それが、『大悲』です。わたしの娘が大学生のとき、『オートバイに乗りたい』と言いました。わたしは『やめなさい』と言おうとしました」

「わたしは、さんざんに迷いましたが、娘の好きなようにさせることにしました。よく考えてみると、わたしも親に心配をかけながら生きてきたのです。自分が親になって、子どもから心配をかけられたくないというのは、それは虫がよすぎると思いました。子どもは、子どもの人生を歩むのです。みんなそれぞれ、自分の人生を歩まなければいけないのですね。二十歳を過ぎたら、自分の行動に責任を持つべきです。まちがいを起こせば、自分で涙を流さなくてはいけません」

「万が一、娘がオートバイの事故で大けがをしたら、そのときには、いっしょに泣いてやればいいのです。 ところが、わたしたちは、『ほら見なさい。だから、ああ言ったのに』などと責めたりします。そんな裁くようなことを言うのは、愛情ではありません。子どもが、万が一、不幸なことになったときは、いっしょに泣いてやることです。それが慈悲なのです。子どもに、涙もこぼさせないような安全な人生を送らせるのが、親のつとめではありません。ひょっとしたら、子どもが、傷ついてのたうちまわるかもしれない。それが子どもの人生なら、しっかりのたうちまわるのが、すばらしいのだと思います。そんなとき、親がしてあげられることは、ただ、はらはら心配することだけです。 それが心配という『布施』です。そして、苦しいときには、いっしょに泣いてやることです。それが、本当の慈悲だと思います」

親はどんな時も子どもの気持ちに寄り添っていてやることなんだろう。友人二人にも同じようなアドバイスを受けた。しかも、二人に会ったのは別々の時と場所であるにもかかわらず、「時間はかかるかもしれないけど、最後まで子どもを見捨てないこと、そして信じること」だという同じ助言だった。

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