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2007年1月26日 (金)

『寂聴あおぞら説法』―抜書き―(2)

「生き甲斐」というものが論議されることが往々にしてあるが、寂聴さんの「生き甲斐」の定義ははっきりしている。

生きるということは、皆さん、働くことなんですよ。
働くと思うと、すぐ「報酬をくれ」というふうな感じになって”労働問題”になる。
そうじゃないんです。
仕事をさせていただくんです。自分にふさわしい、あるいは、自分にできる仕事をさせていただいて、それが人様の役に立つ。
そういうことが生き甲斐というものなんです。

人のために自分ができる仕事、それが生き甲斐なのだということだ。寂聴さんは、そういいながら、しっかりと、私たち、つまり、ある意味悪名高い専業主婦にも言及しておられる。

奥さんでもアルバイトに出たり、職についたりする人が多くなって、奥さん稼業だけの人は何だか肩身の狭い感じですが、とんでもありません。奥さんくらいたくさん仕事してる人はいない。掃除、洗濯、毎日の料理、子供の世話、夫とのセックス、これも人を雇ってしてもらってごらんなさい。いくらお金がかかりますか。とてもご主人のサラリーじゃ払えませんよ。
突然、奥さんがいなくなればその家はたちまちガタガタになるでしょう。
自分の存在はそんなに大切なんだと自覚して、威張るんじゃなく、ああこんなに人の役に立てさせてもらってると有難く思って、自分の家事という仕事に誇りを持つことですね。

世の中は大きな編み物のシーツかテーブル掛けと思ってください。
編み物は一目一目編んでいるんですね。

ですから、自分は大きな編み物の一目だと思ってください。
そうすると、虫に食われちゃいけないんです。
小さくても自分がしっかりした一目でいないと、上下左右たくさんの編み目に迷惑をかける。大きな穴があく。

専業主婦で、ボランティアをやっているある友人が、かつてこう言ったことがある。「私たちは大きなことはできないけど、社会の隙間を埋めているのかもね」と。うまいことを言うなと思ったが、寂聴さんのおっしゃっていることと同じような意味かもしれない。

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