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2006年12月

2006年12月31日 (日)

うちのミニチュアダックス

今年の七月、娘のひとりが飼いきれなくなって連れてきたミニチュアダックスが、我が家の一員になった。♀で名前はホクト。

インターネットの里親探しで。キャリーをこちらから送る送料だけで、後は一切無料。

娘のところに来たときがすでに三歳だったから、今は四歳かな。

子どものときに、たぶん他の犬たちと一緒に飼われていたからだろうが、自分からじゃれてくるときはいいが、こちらから手を出すと、いまだに逃げ、サークルの隅の方に寄って、触らないでというような様子を見せる。

Hokuto のがけっぷち犬君のその後をテレビでやっていたが、ちょうどあの様子とそっくり!なかなかこれは変わらないかもな。

shineホクトのお気に入りshine

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2006年12月30日 (土)

手のしびれがきつく・・・

十何年前から、何かをしばらく握って持っていると手の指先がしびれるようになった。内科のある病院に行ったら、脳のCTをとって問題ないとされた。そのときはホッとしたのだが、症状は変わらないまま。

その後、数年して、首から肩、腕にかけて鈍い痛みが出て、自転車に載ってハンドルを握ると、どういうわけか痛みが強くなり、ハンドルが握っていられなくなり、結果自転車に乗れないことに。

どうにもしようがなく、接骨院、鍼灸院、整体院、カイロプラクティック、神経内科と渡り歩いて、最後は脳神経外科にたどり着いて、頚椎のヘルニアと診断された。

治療は主に、最低週三回の首の牽引だった。時間はかかるといわれ覚悟をした。だいたい2ヶ月ぐらいで痛みが収まったと思う。

でもそれから数年の間、年一回はこの痛みに悩まされ、治療に通った。

その後、整体の先生に、体全体のメンテナンスを年に何回かやってもらうようになって、その痛みがおきることはなくなった。ちょっとおかしいかなと思うと整体に行くようにしたから。

もちろん、ヘルニアがなくなったわけではない。

そのためだと思うが、このところ、特に冬場になってから、手のしびれがきつくなってきた。年齢が行くごとに、背骨の隙間が狭くなってきていて、それも影響しているのだろうか。ちょっと不安。整体の先生が転居して遠くなり、サボってるしなあ(^_^;)

肩こりしやすく、猫背になりがちだから、接骨院の先生にも、姿勢を常に気にしてといわれている。もう一度、生活を見直した方がいいかも。先日ラジオで、NHKのラジオ体操を続けて、足の痺れが良くなってきたという婦人の投書が読まれていたので、私も始めてみたところ。

バネ指も然り。常に体のメンテナンスを心がけることが大切なのだろう。とにかく手術は嫌だからね!

そうそう、こういうサイトを見つけました。「頸椎椎間板ヘルニアポータルネット

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北海道の旅と「割チケ.jp」

娘と急に思い立って、二泊三日で、稚内、礼文島へと思い出をたどる旅ーーこれは私だけだが(^_^;)ーーに行ってきた(2006年7月)。

急だし、行かれる日数、曜日も限られていた。インターネットを駆使して、なるべく安く行かれるようにと頑張った(笑)

旅行に慣れている人はすでにご存知だろうが、私たちのような状況で旅行しようという人にご参考までに。

急だったからもちろん超格安の超割は不可能。娘が探し出したトラベルコちゃん空旅.comなどでも、ツアーや航空券+宿泊券のパッケージツアーを見たが、結局適当なのが見つからなかった。

仕方ないので、航空券と宿泊を別々に何とか安く手に入れようと、ネットサーフィン。それで見つけたのが、この割チケ

私がとった手順は、まず、割チケで空席と運賃照会をする。ANAの予約ページに飛び、航空券を予約する。ANAから予約完了のメールが来たら、予約番号を書き留める。割チケでその予約番号を使って航空券購入の手続きをする。あとで、ANAから運賃変更のメールが届く。

銀行振り込みで料金を割りチケに送金すると、チケットが届く。あとは空港でスマートeチェックイン。

私たちの場合、羽田から稚内、片道、40,500円が30,350円で買えたことになる。

[Karanosu2006から]

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高齢者の手術後のせん妄

実母が早期胃癌の診断を受け、内視鏡だけでは不完全だということで、先月末に胃を三分の二取る手術をしました。

数年前亡くなった父の病中の看病と、年齢、若いときと変わらない量の家業とで、かなり弱って痩せてきていた上に、去年の暮れに骨粗鬆症と診断され、背中が曲がって、痛みがあり、長い間立っていること、同じ姿勢を続けることが難しくなっていましたから、手術をやって本当に体がもつのだろうかと、気が気ではありませんでした。でも、何とか、かかりつけの病院の先生たちのおかげで、無事手術も成功し、術後の熱も下がって落ち着いてきていました。

ところが、四日目あたりから、突然、訳のわからないことを言ったり、家にいると間違ったり、鼻から入っていた管が我慢ができない、早く取って欲しいと執拗に言い続けたり、まだ、自分では自由に動けないのに、窓から外を見ようとしてベッドから降り、椅子に腰掛け損なって転倒し、腰をうつはめになったり、もう大変でした。

えーっ、このまま痴呆症になるのかよー、とオロオロしましたが、同室のご婦人のご主人も以前、やはり胃癌の手術後に同じ状態になったとのことでしたし、看護士さんからも、高齢の場合、術後にありうることと聞いたので、確認のため、インターネットで調べました。

ここそこによると、母の状態は「せん妄」というのだとわかりました。「手術後にもせん妄が起こりやすく、おそらく手術によるストレス、手術中の麻酔薬の使用、手術後の鎮痛薬の使用などが理由と考えられ」ているのだそうです。

伯母(母の姉)も、私たちは少しも知らなかったのですが、以前、腎臓の術後に、母よりもっとひどい状態になったことがあったと、従姉から聞きました。狐が見えると言ったり、小さいころのことが今起こっているかのように言ったり、夜中ベッドから降り、付き添ってそばに寝ていた従姉を踏みつけて歩いて行ってしまったり、暴れたり、大変だったらしいです。

母は後で、その時、子ども向きのキャラクターのようなものや、十二単の女の人が天井や壁いっぱいになって、ヒュンヒュン頭の後ろのほうに飛んで行くのが見えていた、と言いました。幻覚ですね。

せん妄ということが起こりうると、手術前か後に前もって聞かされていたら、こんなにびっくりしたり、オロオロしたりしなかったのになあ。皆さん、ご高齢で身内の方が手術をなさる予定がおありでしたら、そういうこともあると、頭の片隅にでも是非とどめて置いてくださいませ。

[Karanosu2006から]

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カマイタチとは?

Save0013 去年亡くなった杉浦日向子さんの『一日江戸人』を読んでいる。

もと漫画家なので挿絵が豊富。でもとにかく、江戸についての知識の豊富さはすごい。もっと長生きしていろいろ教えていただきたかった。

ところで、江戸人にかかわりの深かった動物について書かれているところに「カマイタチ」の絵が載っている。

ずいぶん前のこと、伯父が側溝におちて怪我をし、それが「カマイタチ」だと聞いたことがある。母に言わせると、血が出ないでぱくっと口を開いたような傷のことだとか。そうか、その原点はこの動物なのね。

「大辞林」によれば

体を物にぶつけても触れてもいないのに、鎌で切ったような切り傷ができる現象。厳寒時小さな旋風の中心に生じた真空に人体が触れて起こるといわれる。かつては、イタチのような魔獣の仕業とされた。

[Karanosu2006から]

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「キャグニー&レイシー」

そうそう「スタスキー&ハッチ」(Starsky & Hutch)っていうのもあったけど、私は断然「女刑事キャグニー&レイシー」だな!

レイシーはスカートで走って犯人追いかけてたような(^_^;)でも、かっこよかった。もちろんキャグニーも。レイシーは子供がいたように思うけど。

こういうサイトともある。Cagney_lacey

[Karanosu2006から]

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「ヒルストリートブルース」

AXNの「マイアミ・バイス」のページを見ていたら、

当時の人気警察ドラマ「ヒル・ストリート・ブルース」のプロデューサー、アンソニー・ヤーコヴィッチが第1話の脚本を書いた「マイアミ・バイス」

と書いてあった。なぬ!「ヒル・ストリート・ブルース」?! これは聞き捨てならない!

なんせ、私は夜な夜なこのドラマをリアルタイムで見ていたのだから。あのオープニングテーマ、なつかしいなあ!

というわけでここそこにもワープしちゃいました(^_^;)Photo_10

そこの中のあそこではパトカーのサイレン入りのあのテーマも聞けちゃいます!

このドラマは「ER救急救命室」の、あの、一人一人の医師を平行して追う、という手法のパイオニアだったんじゃなかろうか。

[Karanosu2006から]

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学校を立て直せ~ニューヨーク

地球街角アングル再放送をたまたま見た。
ひどく荒れた学校を、自分も貧しいところから這い上がった校長先生が立て直したという話。

そのやり方は今のアメリカにしてはユニーク。制服を採用、スカートが短すぎないよう、長さもチェックする。
自分が率先して、誰よりも早く学校に来て、生徒一人一人の名前を覚える。

内容についてはWillow's Island新高校生の父親の独り言2006のオーナーさんたちが詳しい。

私にとって印象的だったのは、貧しい家庭の親たちが学校の懇談会にちゃんと顔を出し、先生たちとも言葉を交わして、そのうえ、子どもの家庭学習をしっかり見守っているということだ。

子どもの自主性を重んじるとばかりに、放任にしてはまずい。

我が家の次女が中学三年のときに、その学年を中心にひどく学校が荒れた。掃除はサボる、壁の電気のスイッチは壊す、壁に穴をあける、消火器は撒く、非常ベルは鳴らす、爆竹も鳴らす、タバコは吸う、かんだガムや紙くずをその辺に捨てる、保健室に入り浸る、PTAの役員が数人で校内を巡回しても子どもたちとすれ違うのが怖い、というようなひどい状況だった。

私たち親が考え出した苦肉の策は、親たちが当番制でほとんど毎日、校内の掃除をしながら学校の様子を見る、同じく当番制で、朝、登校時に要所要所に立って、子どもたちに声をかける、ということだった。

それが功を奏したかどうかはわからないが、時間はかかったにしても、だんだん状況は落ち着いていった。

やはり我が家の次女に関係したことになるが、ちょっとした学校の行事に、下の子どもがいたし、本人も来なくていいというのが常だったから、次女に関して割合学校に行く回数が少なかった。ところが、友達のアドバイスに従って、来なくていいと言った小運動会に顔を出してみたら、私の後ろを次女がたまたま通って、私の肩をポーンと軽く叩いて通っていった。

それだけでなんか、次女の嬉しい気持ちが伝わった気がした。そうだ、来なくていいと言っても、行って子どもの様子を見てやらなくちゃいけないんだ、やっぱり来て欲しいんだなと、それまでの私の行動を反省した。

それからは、中学で吹奏楽に入った次女を追っかけて、遠近問わず、コンクールには必ず出かけていったものだ。

干渉しないと、放任とは違う。過保護は良くないが、親は子どもを心の視界から出してはいけない。

このホッジ校長のような先生が日本にもたくさんいたらなあと思うけれど、親も反省し、改めるべきところは多いと思う。051023_2_l02

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中島啓江(なかじまけいこ)さんの『千の風になって』

中島さんの『千の風になって』というCDを、娘が買って送ってくれました。舞台関係の仕事を娘がしているので、たまたま仕事で中島さんの歌を聞き、感激して私にも買ってくれたようです。Photo_11

中島啓江(なかじまけいこ)さんのホームページはここ

原作者不明の"a thousand winds"という詩。9.11の追悼式にも朗読されたそうだ。

それに新井満氏が翻訳、曲をつけて(『千の風になって』)、福知山線の脱線事故の追悼集会で合唱された。

このCDに入っているほかの歌、「生きるものの歌」「さくら」「ダニー・ボーイ」「Amazing Grace」「伝えたい」などと共に、私も聞きながら目が潤んできてしまった。私が薦めて聞かせた実家の母も、このCDをほしいと言っている。

10年前にお母様を亡くされている中島さんの思い、そして、父を2年まえに亡くし、体調を崩した母を身近にしている私自身の思い、それでいっそう、このCDの中の歌すべてが心にしみてくるのだろう。

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挨拶に関する天野祐吉氏のコラム

コラムニスト天野祐吉氏の「求むあいさつ」とかいうコラムを読んだと友人から聞いた。

だいたいの内容は・・・

まず、首都圏向けの賃貸のCM。引っ越してきたばかりらしい家族。朝、学校に向かう娘が、その途中、すれ違う人たちにおはようと声をかけられる。

家に帰った時、母親に「知らない人なのに変だよね」と言う。母親は旦那が帰ってくると、この話をし、「ここは面倒そうなとこね」と言う。

このCMに関して、挨拶をしないことは東京ではありふれたこと、そこが怖い、と天野氏は言う。

「おはよう」というのはただの挨拶ではない、「私は怪しい人間じゃありません、今日も仲良くやりましょう、私はあなたへの好意を表していますが、あなたはどうですか」という意味なのだ、言ってみれば、サルの毛づくろいのような、連帯感の確認作業。

犯罪が多いから仕方ないが、今の子どもたちは、声をかけられても返事をするなと教えられている、しかし、こんな異常な風景が当たり前になっていいのか。

人と人とは言葉でつながっている、その言葉が切れたら、関係も切れる、関係が切れた隙間からは、とかく刃物が顔を出す。

こういう異常な風景をなくすには、地域の大人たちがもっと声を出し合うことしかない。

地上の大気は、酸素・窒素と「言葉」でできていると思っている、だから、言葉の濃度が薄くなると、どんどん息苦しくなって、心がパサパサに乾いてくる。

自分にとって「美しい国」というのは、みんなが気持ちよく挨拶のできる国だ、ほかは要らない・・・

そうだ、ほんとに些細なことだけど、こんなところから始めるのがいいのかもしれない。どうせ、今のいろんな日本の困った状態の原因はちょっとやそっとではつかめないのだ。解決方法だって簡単には見つかるはずはない。

それなら、こういう小さなことをみんながやってみることから始めたらどうか。大人が子どもたちに「おはよう」「行ってらっしゃい」「お帰り」と声を掛けることで、もしかしたら、ひょっとしたら自殺を思いとどまる子がいるかもしれない。まあ、これはないか(^_^;) でも、とにかく、行動を始めことではないか。手をこまねいている時間はないはずだから。

[Karanosu2006から]

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中嶋常幸、スランプから抜ける3か条

新聞か何かに、ゴルフの中嶋常幸氏の苦労話が載っていて、氏の経験から生まれた「スランプから抜ける3か条」というのがあり、参考になるからと友人から教えてもらった。

スランプだけでなく、日常のいろんな場面で役に立ちそうなのでご参考までに。

1.自分を好きになる

   自分を好きになれると、
   周りに対しても寛大になれ、
   嫌なことも、受け入れられる
   ようになる。

2.大事なものから少し離れて

   いくら大切で好きなことでも
   どっぷりつかると右も左も
   見えなくなる。少し離れれば
   新鮮に見え、新たに
   気づくこともある。

3.今を味わう

   楽しくても苦しくても
   今を味わうべき。
   それが後々恵みとなる。
   そうすれば、目の前を通る
   チャンスが必ず見えるはず。 

中嶋氏、「50歳を過ぎると声援が暖かい」と言ってましたっけ(^_^)

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ニッポン放送人生相談

梅畑で、そろそろやらなきゃ、と剪定しながらラジオを聞いていた。ニッポン放送人生相談。

離婚した奥さん、次女が、旦那が浮気したあたりから、学校に行かなくなり、結局高校中退。

専門学校に行きたい気持ちがあり、それには高卒の資格がということで、通信制か何かをやり始めたがそれも中途で止まって、バイトも続かず、引きこもりみたいな状態だという。

専門も美容関係に行きたいと言ってみたり、あれもこれもやってみたいと定まらない、どうしたらいいかという相談だった。

パーソナリティは児玉清さんだったが、回答者はよく聞いてなかったからわからない。

その回答者は、お母さんの、旦那に対する思い切れなさが娘に影響している、人生八十年の時代、まだまだずっと生きなきゃいけないのよ、そんな旦那のこと吹っ切って、へらへらしてればいいのよ、娘が何の専門に行こうか、ふらふらと揺れているなら、一緒に悩んで、あれがいいかこれがいいかと、娘と話せばいい、とにかく親が前向きに生きていること、親の精神状態は子どもに影響するよ、という答えだった。

うーん、旦那のことはともかく、娘のことは私の場合にも大分重なる。そうか、へらへらねー…なかなかそうはいかないけど。でも、気が楽になるね。

[Karanosu2006から]

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『トータル・ウーマン』―抜書き―

若い頃、マラベル・モーガン著『トータル・ウーマン ―幸せな結婚を築く秘訣ー』(講談社刊)を読んだ。実はまだ手元にある。1977年発行のものだが、その後、文庫化されたらしい。でも、現在、版元品切れとか。

この本は、その頃、世界に広まってきていたフェニミズムから考えたら逆行していたといえるかもしれないし、その頃、手紙を頻繁にやり取りしていたアメリカ人の女性にも、この本を薦めて一蹴されもしたが、私は女性が男性との関係でうまく立ち回り(笑)、結婚生活を長続きさせるためには、そう捨てたものじゃないと思って、手帳に抜書きした。それがなんとなく頭の片隅にも残っていて、これまでの結婚生活の間、いろんな場面で応用していた気がする。

もちろん、どんな結婚生活にも当てはまるわけではないし、作者の言っていることがすべて正しいとは言えないが、作者が言う男性の特性みたいなものは、女性が頭に置いておいて損はないように思う。

「男性というものは、そのままの自分を、まったくあるがままの自分を受けいれてほしいのです。こうした全面的に彼を受け入れることが彼に、あなたがほんとうに彼を愛しているという確信を与えるのです。」

「あなたには、どんなことも腹蔵なく話せて、それを受けいれてもらえる友人がありますか? わたしにはあります。」「わたしは彼女に何でも言えるような気がするのです。拒絶されたり、非難や忠告を受けることなど気にせず、ありのままの自分でいられるからです。彼女はわたしを馬鹿にしたり、軽蔑したりはしません。わたしはお芝居などせずに自由にふるまうことができます。彼女はじっと話に耳を傾けてくれ、ありのままのわたしを愛してくれます。ですからわたしも彼女を愛しています。ご主人にたいしても、これとおなじことができないでしょうか?」(以上P.60)

これって、考えてみるとアクティブリスニングだな!

「家庭というものは夫の城なのだ、すくなくともそうあるべきなのだということを。彼は自分の城というプライバシーのなかで、自由を、なにをしようと自由なのだということを感じる必要があるのです。」(P.63)

「ご主人があなたに話をするときには、彼を賞めましょう。彼の言うことに注意を集中しましょう。あなたが傾聴しているということを彼に知らせるのです。雑誌を読むのはやめて、彼に注目しましょう。」「彼があなたのヒーローなのだということを知らせましょう。話の腰を折ったり、うわのそらでいたりしてはいけません。」(P.74~75)

「わたしたち女性は、男性というあの不思議な、だがすばらしい種族とは、非常に異なる考えかたをします。しばしば男性とコミュニケーションをはかろうとしますと、わたしたちはまったくちがう前提から出発していることに気づきます。男性が妻に話しかけるのは、自己の考えや知識を表明するためです。女性のほうは、感覚とか感情について話したがります。」
「女性は言葉で愛を表現し、言葉でそれを返してもらうことを期待します。男性は行動で愛情を表現します――性行為で、あるいは家に給料を持ち帰ることで、さもなければ妻に家を買ってやることで。」(P.175~176)

「一般の通念に反して、男性は妻との容赦のない、だらだらした口論を好みません。それが涙でも、またヒステリックな罵りでも、彼はそのような感情にどう対処していいのかわからず、自己の尊厳を護ろうとして、反撃に出るのです」(P.189)

まあ、これはアメリカの夫婦の話で、日本の夫婦には当てはまらないことが多いですが、それでも、この本の中の一つか二つだけでも、気になった言葉や文章を頭の隅にでもとどめておいたら、もしかしたら、ああ、このことかと思い当たる場面に出くわすことがあるかもしれません(^_^;)

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禅定=三昧

お施餓鬼にあたり、お寺で、招かれたある住職さんが、六波羅密の中の「禅定」についてお話をしてくださった。

まず六波羅蜜とは?

ろくはらみつ【六波羅蜜】=〔「ろっぱらみつ」とも〕菩薩が涅槃(ねはん)の世界に入るために修める六つの行。すなわち布施・持戒・忍辱(にんにく)・精進・禅定(ぜんじよう)・智慧(般若(はんにや))の各波羅蜜。六度。

そして、「禅定」=精神をある対象に集中させ、宗教的な精神状態に入ること。また、その精神状態。

その住職さんは「禅定」は、読書三昧などというときの「三昧」と同じだとおっしゃった。

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』にも、「三昧と同義語。 心を統一して瞑想し、真理を観察すること。またそれによって心身ともに動揺することがなくなり、安定した状態」とある。

雑念なく、一つのことに集中するということだ。騒がしい今の世の中、一番必要なことかもしれない。

その境地を味わう方法の一つに、お経を唱えることがある、というような意味のことをその住職さんは述べられた。

そして、お経は何でもいいのだが、一番いいと思うのは『延命十句観音経』だとも。意味はわからなくても唱えることに意味があるという。このお経は、うちの近所では、法事があった夜にお念仏で必ず唱える。お念仏で唱えるのだからちょっと節が付くが。お念仏に年季の入った諸先輩の中には、お経をそらんじている方が多い。尊敬してしまう。

『延命十句観音経』(えんめいじっくかんのんぎょう)

観世音。(かんぜーおん)南無佛。(なーむーぶつ)与佛有因。(よーぶつうーいん)与佛有縁。(よーぶつうーえん)佛法僧縁。(ぶっぽうそうえん)常楽我浄。(じょうらくがーじょう)朝念観世音。(ちょうねんかんぜーおん)暮念観世音。(ぼーねんかんぜーおん)念念従心起。(ねんねんじゅうしんき)念念不離心。(ねんねんふーりーしん)

プラス、白檀などの少し高級なお線香を一本、小さい陶器に灰(今ではクリスタル・ビーズというのもある)を入れて、香呂にしたものに立てて、香りを楽しむのはどうだろう。

私は、今回母が癌になったことで、やはり癌で亡くなった父や、先祖に、母を守って欲しいと祈るために、そしてその後もしばらく、毎朝、白檀を一本灯して、ちょっとしたお経の文句を言ったりしていた。朝のほんの少しの時間だが、心が落ち着いたものだ。Photo_5

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和顔愛語(わげんあいご)

小さいころ、教会に行っていた関係でキリスト教に興味があり、救いが欲しいとき、教会を訪ねたこともある。ただ、最近は、結構仏教に気持ちが傾いていたりする。 で、前に読んだ仏教関係の本をこの頃また読み直している。

今、拾い読みしているのが、ひろさちや著『仏教に学ぶ八十八の智恵』(PHP文庫)。今日読んだところに、「和顔愛語」という言葉が出てきた。「いつもやわらいだ笑顔でもって人に接し、いたわりの言葉を他人にかけること」という意味だそうだ。

だいぶ前に、自分がもし年とって動けなくなり(と言っても手は使えるのが前提だけど)、人のために何かができなくなったときはどうしようと考えて、まあ他にも動機はあったけど、点字を習ったことがある。今でも、点字表を見ながら何とか少しは打つことができる。 でも、それもできなくなったときはどうするか、はたと考えることがある。そんな時、この「和顔愛語」は使えるなと思う。世話をしてくれる家族や医者や看護士の人に、笑顔で接し、感謝の気持ちを持つ。難しそうだけど、やってみる価値はありそうだ。

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皇太子様の発言にあった詩

皇太子殿下の45歳誕生日の記者会見のコメントにあったスウェーデンの教科書に載っていた詩とはたぶんここにあるこれ。殿下のおっしゃるとおり大事なことをズバリ言い当てていそうだ。

           子ども          ドロシー・ロー・ホルト

批判ばかりされた 子どもは非難することを おぼえる
殴られて大きくなった 子どもは力にたよることを おぼえる
笑いものにされた 子どもはものを言わずにいることを おぼえる
皮肉にさらされた 子どもは鈍い心の もちぬしとなる
しかし、激励をうけた 子どもは自信を おぼえる
寛容にであった子どもは忍耐をおぼえる
賞賛を受けた子どもは評価すること をおぼえる
フェアプレーを経験した 子どもは公正を おぼえる
友情を知る 子どもは親切をおぼえる
安心を経験した子どもは信頼を おぼえる
可愛がられ 抱きしめられた 子どもは世の中の愛情を 感じとることを おぼえる

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バネ指って知ってます?

バネ指に何回かなったことがあります。バネ指とは何でしょうか。自分がなっていてもどういうことかいまいち説明しにくいんで、インターネットで調べてみると・・・ ここによると、 

腱鞘とは腱を包んでいる鞘(さや)のことで、中に滑液と言う油の様なものがあり、腱を滑り易くしている。腱は要所要所のポイントで、この腱鞘を通り抜け、抵抗なく指の屈伸が行なわる。

バネ指は指の屈筋腱に起こる腱鞘炎で、靭帯性腱鞘が屈筋腱を圧迫したために生じる。

引っかかった指を無理に伸ばそうとすると、まるでバネの現象のように、ビヨーンと伸びるのでバネ指と称され、別名「弾発指」、「snapping finger」とも呼ばれる。

中高年者に多く、慢性的な機械的刺激(使い過ぎ)が原因と思われるが、体質的な要因も大きく関与していると考えられている。症状は指の付け根の痛みと運動障害。

確かに、伸ばすときに一度引っかかってその後ガクンと伸びる、付け根が痛くしこっている、というのが症状でした。右手も左手も、指も親指、中指といろいろ。痛みが強いときは整形外科でブロック注射、投薬を受けました。左手の中指は痛みとしこりが長く続いたので、手術をしました。日帰りの手術でできますが、私の場合は手術をした後も、しこりと完全に伸びないということが二、三年続きました。接骨院、鍼にも行きました。それでだいたい症状は改善しますが、たびたびなるので悩んでました。 ところが、あるとき足首を少しひねって痛いので、歳だし(^^;)診てもらおうと思って、近所の人にいいと聞いた初めての外科、整形外科の看板を掲げる医者へ行きました。その先生にバネ指を繰り返すことを言うと、「それはメンテナンスが悪い!」と一喝されてしまいました。私は腕を伸ばして手首を上下にストレッチはやっていたのですが、指も全部手の甲のほうへストレッチをするのだとおっしゃるのです。 それから思いついたときに頻繁に伸ばすようにしています。ちょっと引っかかるなと思ったらすぐにです。と、なんとそれからひどくならないですんでいるのです。それまで通っていた整形外科や接骨院、鍼の先生も、一度もそんな予防法を教えてくれませんでした。感謝です。薬に頼らないでできる方法、もしバネ指を繰り返している方があったら、一度試してみてください。 ちなみに私は一時悪名高かった専業主婦ですから、原因は使いすぎでなく体質なんでしょうね(^^;)james_dean3

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『マザー・テレサ 愛と祈りのことば』―抜書き―(1)

『マザー・テレサ 愛と祈りのことば』(マザー・テレサ著 渡辺和子訳 PHP研究所)より

「私たちは雲の上と言いましょうか、非現実の世界に住んでいてはなりません。私たちのまわりの人々を理解するように懸命の努力を尽くすべきです。そして、共に住む人々をよりよく理解するために、自分自身をまず理解することがどうしても欠かせないのです。(P.97)

今や、皆が忙しそうにしています。他の人に与える時間がないみたいです。親は子に、子は親に。そして夫婦同士。世界の平和は、まず家庭の平和から始まります。(P.99)

自分たちのことしか考えていない親たちの姿を見る時、私はこう自分に言います。「この人たちは、アフリカ、インド、その他開発途上国で飢えている人たちのことを気づかうことができるでしょう。人類が感じている飢えに終止符を打つことができる日を夢見ることもできるでしょう。しかしながら彼らは自分の家庭の中に、同じような貧しさと飢えが実は存在していること、自分の子どもたちのそれに気づかずにいるのだ。更に言えば、利己的な自分たちがそのような飢えと貧しさの原因なのだということにも気づいていない」と。(P.101-102)

愛は身近の人――家族――を気づかうところに始まります。私たちの夫、妻、子どもたち、または親たちが、いっしょに住んでいながら、十分に愛されていないと感じ、孤独な生活をしているのではないかと反省してみましょう。そのことに気づいているでしょうか? 年老いた人々は今日、どこにいるのでしょう? 介護施設(あればの話ですが)の中です。なぜ? それは彼らが邪魔だから、厄介者だから、そして……(P.102)

貧しい国の人々、困っている人たちのために尽くしていたマザー・テレサが、まずは家庭から、ということを言っていたというのは、案外知られていないのではないでしょうか。 ある神父様のホームページに彼女について記されています。 マザー.テレサの生き方は今では世界の多くの人に知られており、彼女の主な奉仕の場であるカルカッタには、世界中からたくさんの見学者、ボランティアが訪れています。その人たちの多くは「マザー、私たちは何をしたらよいでしょうが」と質問するそうです。多少「少し手伝ってください」という答えを期待しての質問かもしれませんが、マザーは決まったように、次のように答えるそうです。「皆さんはすぐにお国にお帰りなさい。そして皆さんの最も近いところから愛の行為、人を大切にすることを始めてください。愛は最も近いところから始まるのです」と。

うーん、考えさせられます。みなさんはどうでしょうか。

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『めぐり逢えたら』と『めぐり逢い』

meguriaetara-thumb 『めぐり逢えたら』(トム・ハンクス、メグ・ライアン)という映画が十年ほど前に公開されました。娘が友達と見に行って、帰ってきてから筋を話してくれたのですが、題名も、エンパイヤステートビルで会う話も私がたぶん小学生の頃に見に行った『めぐり逢い』という映画にそっくりなのです。『めぐり逢い』は、いろいろなシーンがとても美しく素敵だったという印象が、どういうわけかずっと強く残っていた映画でした。しばらくしてテレビで『めぐり逢えたら』を見ることができましたが、なんとメグ・ライアン扮するヒロインが映画『めぐり逢い』を見て感激する場面がその中に出て来るのです。まもなく、それまでビデオ売り場で見たことのなかった(少なくとも私は)『めぐり逢い』のビデオを偶然見つけ、即買いました。何十年ぶりかでその映画と再会したわけです。とてもわくわくしました。記憶どおり、ストーリーもそれから様々なシーンも、美しく嫌味がなくスマートでした。クスッと笑わせるところもあります。

『めぐり逢い』
 ・キャスト:ケイリー・グラント(ニッキー)、デボラ・カー(テリー)
 ・筋:それぞれ婚約者がいる二人が豪華客船の中で知り合い恋に落ちます。エンパイヤステートビルでの再会を誓いますが、テリーが約束の場所へ向かう途中に交通事故にあい足に重傷をおったために行かれなくなります。ニッキーは裏切られたと思い失意のうちに過ごします。ある劇場で偶然に再会しますが、テリーは自分が足が不自由になったため、その体のままではニッキーの重荷になると思って椅子に座ったまま本当のことを知らせません。しかし、最後には約束が果たせなかった本当の理由をニッキーが知って感激の和解をします。主題歌の"An Affair to Remember"(過ぎし日の恋)も素敵で、映画の中でテリーが歌います。『めぐり逢えたら』のオリジナルサウンドトラックのCDにも入っています。このCDもお勧めです。

暗いニュースが毎日続くこの殺伐とした今の日本で生きていくには、この二つの映画のような心が温かくなるような、そしてクスッと笑わせてくれるような映画を見てほっとする時間を持つことが必要ではないでしょうか。オーバーでしょうかねえ。特に『めぐり逢い』は是非見てほしいなあ。meguriai-thumb

[Karanosu2006から]

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『花語らず』という詩

『花語らず』

花は黙って咲き
黙って散って行く
そうしてふたたび枝に帰らない
けれども
その一時一処に
この世のすべてを託している

一輪の花の声であり
一枝の花の真である
永遠にほろびぬ生命のよろこびが
悔いなくそこに輝いている

これは京都の南禅寺の元管長、柴山全慶老師の詩です。
1970年代に友人と旅行をした際に、門前でこの詩が掲示してあるのを見てどういうわけかすごく感じるものがあり、書き留めて帰ってきました。その頃悩んでいたことがあったから心に響いたのでしょうね。同じ文章を見ても感じるときとそうでないことがある。それも出会いというのでしょう。先日、南禅寺を尋ねた娘が門前を見てくれましたが、もはやその詩の掲示はなく、でも、詩が書かれた南禅寺のポスターがあったと買ってきてくれました。その詩との再会でした。

花は今きれいに咲いていても、すぐにさっと散っていく。でも咲いているときは、誰が見ていようといまいとその瞬間瞬間を懸命に生きて咲いている。その潔さをうたっているのでしょう。私たちもごちゃごちゃ悩んでいないで、一瞬一瞬を一生懸命に生きろということでしょうか。

Keidai2












我が家の梅畑
(H18.3.5)

[Karanosu2006から]

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便秘で悩んでいませんか

ちょっと恥ずかしいですが、私はひどい便秘症です。女性はそういう人多いといいますね。私はもう小さい頃から、それに、人よりも腸が長いといわれていますし、そのうえ超胃下垂。何だか二重三重苦でしょう? ちょっとの便秘で悩んでるあなた、私のようにひどい人もいるのです、安心してください。といっても悩みは悩みですよね。

便秘の解消法は人それぞれ効くものが違うと思います。だからあくまであなたの参考にしていただきたいのですが、私が使っているのは、小林薬品工業の「シルビアピンク」。見た目はコーラックと同じピンクの錠剤。ただこれには乳酸菌が入っているらしいです。値段もコーラックより安い。たいていの薬局に売っています。それと併用しているのは(それほどひどい症状だということですが、私の場合)、雑誌に載っていた座薬の便秘薬、ゼリア新薬工業の「レシカルボン」です。12座剤入りで定価は880円だったと思います。インターネットでも買えます。「新レシカルボン座剤」で検索してみてください。

便秘がひどいし、若い頃自家中毒という病気をやって、その頃から飲み込む空気がどうも多くなったらしいので「ところ嫌わず出るもの」も多く、出先では我慢するからおなかは張るし、おなかが鳴ってしまう(腹鳴)。インターネットで見ると私と同じような人はいるらしい。というわけで、自分が一番楽なのは家なのです。ほんとはもっと外に出て(全然外で活動していないわけではありませんが、幸い引きこもりではないので)いろんな集まりに顔を出したいところですが、おなかが気になって思う存分行動できないのです。そういう人、ウェブログの人にはいないかもね。本人にしかこの苦しみはわからない(^^;)

[Karanosu2006から]

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『旅の終り』という歌

1973年に友人と二人で北海道を旅しました。約二週間。カニ族の真似事です。そのときどこかのユースで『旅の終り』という歌を教わりました。聞いたことがある人はいないかなあ。もしかしたら私の同年輩なら……旅先で会った人もまたすぐそれぞれ違うところに向かって行くからそこで別れなければならない、その切なさ、そして夢のような二週間、この歌のとおりでした。

1.夢のような旅だった 遠い北の国の
  僕は旅のよろこびと 旅のつらさを知った
  北の国の少女たちと 過ごした夢のせつな
  明日は君もほかの街へ 僕もほかの街へ
  こんなつらい旅なんか もういやだ
  旅を終わろう 汽車にのろう

2.共に山に登ったね 君と手をとりあって
  共に海を見ていたね 水は青く澄んで
  君の心が青く澄んで 僕の心がとりもどす
  海の青さ

3.人と人との出逢いなんて いつも別れで終わる
  僕は君のくれた夢を 明日も持ち続けよう
  こんなつらい旅なんか もういやだ
  旅を終わろう 汽車にのろう
  こんなつらい旅だけど 強く生きる
  ことを知った 旅の終わり

Googleで検索すると結構引っかかります。この歌の思い出は私だけではなかったんだー\(^○^)/今でもユースで歌われているとか……

[Karanosu2006から]

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別ココログ作成!

新しい年に向けてKaranosuの2007年版を作りました!

といっても、実は、最近テレビの映りが、電波障害なのか良くないので、家族の不満が大分たまって、とうとうケーブルテレビ導入ということになりました。ついでに光インターネットを、と営業の方にうまく丸め込まれて(^_^;)、結果、アドレスを変更せざるを得なくなりそう。その準備として、IDの関係で、別の場所に、今度はフリーでココログをさせていただくことにしたわけです。

それではよろしくお願いします。

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